第53話 止め続ける方が損です
ロヴィスは、黙って見ていなかった。
「危険です」
彼は、財務の貴族筋を、集めた。
卓を囲む顔は、六つ。
「現場に、判断を戻す。……聞こえはいい」
ロヴィスは、静かに続けた。
「……ですが、それは、混乱を、招くだけだ」
「……素人が、勝手に動く。……記録は、増える一方」
「……誰も、全体を、把握できなくなる」
彼は、指を、卓に置いた。
「……私に、任せていただければ、すべては、一箇所で、片付くのです」
貴族たちは、うなずいた。
ロヴィスの言葉は、正しく、聞こえた。
そして何より――楽だった。
彼らは、通達を出した。
「重要な判断は、すべて、ロヴィス殿を、通すこと」
現場は、また、彼のところへ、流れ始めた。
女が分けた端が、再び、一箇所へ、集まっていく。
「……戻ってきましたね」
ミレイユが、記録を見て、言った。
「……せっかく分けたのに」
一拍。
「……現場が、また、ロヴィスに、聞いています」
「……当然です」
女は、淡々と、言った。
「……分けられた判断は、重い。……自分で、責任を負うのですから」
「……一人に、聞けば済むなら。……そちらの方が、楽です」
「……人は、楽な方へ、流れます」
「……では、どうするのですか」
「……損を、見せます」
女は、静かに言った。
その日、女は、ある一件を、わざと、ロヴィスに、集めさせた。
地方からの、大口の陳情だった。
急ぎの、面倒な案件。
ロヴィスは、それを、一人で抱えた。全体を、把握するために。
女は、動かなかった。
ただ、待った。
ロヴィスの机に、案件が、積み上がっていく。
彼一人では、さばききれない量が。
「……止まりましたね」
三日後、ミレイユが言った。
「……ロヴィスの机で、すべてが」
一拍。
「……現場は、彼の判断を、待っています。……何も、進んでいません」
「……」
女は、うなずいた。
そして、静かに、現場へ、声をかけた。
「……止め続ける方が、損です」
女は、来客係に、言った。
「……ロヴィス殿の判断を、待つあいだ、あなたの通りは、止まったまま」
「……その損は、あなたのものです」
「……あなたが、自分で、直せば。……今、動きます」
「……記録は、私が、見ます」
女は、静かに続けた。
「……間違っても、いい。……直した、という記録さえ、残れば」
「……」
来客係は、迷った。
しばらく、手元の紙を、見ていた。
それから、動いた。
自分の端を、自分で、直した。記録に、名を、残して。
一つが、動くと。
次が、動いた。
ロヴィスの机で、止まっていた流れが、少しずつ、彼を、迂回し始めた。
「……外へ、逃がしましたね」
声がした。
セレナだった。
いつのまにか、廊下に、立っていた。
「……止まった一点を、迂回させて、流れを、外へ」
セレナは、静かに言った。
「……以前、商業都市で、なさったことと、同じ」
「……見ていたのですか」
「……ええ」
セレナは、微笑んだ。
「……わたくし、決めましたの」
彼女は、扇を、閉じた。
乾いた音が、廊下に、落ちた。
「……財務の者たちに、言っておきますわ。……ロヴィスの通達は、現場を、止めていると」
「……なぜ」
女が、問うた。
「……あなたは、権威が、一箇所にあるべきだと」
「……ええ。今でも、そう思っておりますわ」
セレナは、静かに言った。
「……ですが、権威は、現場を、止めてはいけない」
一拍。
「……止まる権威は、ただの、詰まりですもの」
彼女は、踵を返した。
「……一度だけ、あなたの側に、つきますわ」
背を向けたまま、言った。
「……次は、わかりませんけれど」
ロヴィスの反撃。現場は、また彼のところへ流れます。人は、楽な方へ流れますから。
リディアの手は、第1部の商業都市編と同じでした。わざと一点に集めさせ、止め、「止め続ける方が損です」と現場に選ばせて、流れを外へ逃がす。
そしてセレナが、立場を越えて、一度だけリディアの側につきます。権威は現場を止めてはいけない――止まる権威は、ただの詰まり。
次話、単一点が、解けます。




