第52話 端を記録にする
翌朝から、女は、動いた。
まず、グレンに、二季ぶんの端の綻びを、すべて、書き出させた。
紙が、机の上に、積まれていく。
「……四十六、全部だ」
グレンは言った。
「……些細なものまで、含めれば、もっと」
「……些細なものも、書いてください」
女は、静かに言った。
「……些細だから、誰も見ない」
一拍。
「……誰も見ないから、あなた一人が、抱えていた」
「……」
書き出された端は、膨大だった。
東棟の席の余り。
厨房の仕入れの、わずかな遅れ。
侍女の交代の、半刻のずれ。
どれも、単体では、問題にならない。
けれど、放っておけば、いつか、重なって、綻びになる。
女は、それを、種類ごとに、分けた。
紙を、床に並べ、束を、いくつかに寄せていく。
「……席に関するものは、東棟の来客係へ」
「……仕入れに関するものは、厨房の、古参の者へ」
「……人の交代は、侍女頭へ」
「……」
「……宰相閣下が、全部を見るのでは、ありません」
女は、顔を上げた。
「……それぞれの現場が、自分の端を、自分で見る」
「……そして、その端を、記録に残す」
「……修正前、修正後、そして――誰が、直したか」
「……」
グレンは、その最後の一項目に、目を留めた。
「……誰が、直したか」
「……ええ」
「……私は、名を、残さなかった」
「……あなたは、去りませんから」
女は、静かに言った。
「……去る者は、名を残しません。……残せば、その名に、依存が生まれる」
「……ですが、居続ける者は、逆です」
女は、束の一つに、指を置いた。
「……名を残さなければ、誰が何を持っているか、わからなくなる」
「……そして、わからないものは、いつか、一人のところへ、戻ってきます」
「……」
グレンは、理解した。
自分が、名を残さずに端を埋めていたことが、依存の始まりだったのだと。
誰が直したかわからない綻びは、結局、"わかる一人"――グレンのところへ、流れ着いていたのだ。
二季のあいだ、ずっと。
「……エルナ」
女が、呼んだ。
「……はい」
「……あなたは、来客係に、記録の付け方を、教えなさい」
「……私が、ですか」
エルナの声が、少し、揺れた。
「……あなたは、一つの通りを、一人で調整しました」
女は、淡々と言った。
「……できます」
「……」
エルナは、束を、受け取った。
「……ミレイユは、厨房へ。……あなたの、割り振りの目が、要ります」
「……承知しました」
二人が、動き出した。
女は、その背を、見送った。
しばらく、何も言わなかった。
「……宰相閣下」
「……何だ」
「……あの日の、約束を、覚えていますか」
「……約束?」
「……私が、去る前」
一拍。
「……"王宮を、作り直す"と」
「……」
「……あれは、まだ、果たされていませんでした」
女は、静かに言った。
「……条件を、飲ませただけで。……実際に、作り直しては、いなかった」
女は、床の束に、目を落とした。
「……今から、それを、します」
実装が始まりました。グレンが二季のあいだ一人で抱えていた"端"を、書き出し、種類ごとに分け、それぞれの現場が自分で見る形へ。そして「誰が直したか」を記録に残す――去らない者は、名を残さねばならない。
エルナとミレイユが、第1部で得た力を、今度は教える側で使います。
そして、あらすじが約束しながら飛ばした「王宮を作り直す」が、ようやく、今、始まります。




