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第49話 移した先

 その夜、執務室に、四人が集まった。


 燭台の火が、低く揺れている。


 女と、グレン。そして、エルナとミレイユ。


 カイルは、外の流れを見てくると言って、出ていった。


 街の側から、見ておく役だ。


 机の上に、記録が並べられた。


 二季ぶんの、王宮の調整記録だった。


 束が、机の端まで届いていた。


 女は、それを、端から順に、目で追っていった。


「……」


 速かった。


 紙を繰る指が、止まらない。


 どこを見ているのかも、追えない。


 グレンには、追いつけない速さだった。


 かつて、この速さで、王宮は回っていた。


「……宰相閣下」


 女が、顔を上げた。


「……この二季、綻びは、いくつ出ましたか」


「……記録にあるだけで、四十七」


「……表に出たのは」


「……今回の、西棟が、初めてだ」


「……」


 女は、静かにうなずいた。


 答えは、聞く前から、見えていたようだった。


「……つまり、四十六は」


 一拍。


「……誰かが、表に出る前に、消していた」


「……」


 グレンは、答えなかった。


 女は、答えを、待たなかった。


 彼女は、記録の一枚を、指で示した。


 束の、中ほどの一枚だった。


 修正前、修正後。


 短い、簡潔な一行。


 誰の名も、書かれていない一行。


「……この筆跡は」


「……」


「……あなたのものです。宰相閣下」


「……」


 エルナが、息を呑んだ。


「……四十六、全部」女は、静かに言った。「……あなたが、一人で」


「……」


 グレンは、目を伏せた。


「……仕事だ」


「……いいえ」


 女は、首を振った。


「……それは、私が、していたことです」


「……」


 沈黙が、落ちた。


 女は、机に並んだ記録を、ゆっくりと見渡した。


 一枚ずつ、確かめるように。


「……わかりました」


 静かに言う。


「……私が作った仕組みは、私に依存しない形に、なっていました。……それは、確かです」


「……ですが」


 一拍。


「……その代わりに、あなたに依存していた。宰相グレン・ヴァルドール、ただ一人に」


「……」


 ミレイユが、低く言った。


「……単一点が、消えていなかった、ということですか」


「……ええ」


 女は、うなずいた。


「……私という単一点を、消した。……けれど、消えた場所に、別の単一点が、生まれていた」


「……」


「……水は、低い方へ流れます」


 女は、静かに続けた。


「……判断も、同じです。……誰も引き受けなければ、引き受けられる一人のところへ、集まっていく」


「……」


「……それが、宰相閣下でした」


 グレンは、何も言えなかった。


 言い返す言葉が、なかった。


 二季のあいだ、楽に回っていると思っていた。


 静かに根付いたと、思っていた。


 その静けさは、彼が、たった一人で、支えていた静けさだった。


 束の厚みが、そのまま、それだった。


「……そして」


 女の目が、鋭くなった。


「……ロヴィスは、それを、見抜いていた」


「……」


「……単一点が、あなただと。……だから、あなたを、狙った」


「……情報を絞り、あなたの手から端を奪い、あなたを過負荷にする」


「……あなたが倒れた場所に」


 一拍。


「……自分が、新しい単一点として、座るために」


「……」


 執務室に、沈黙が、落ちた。


 燭台の芯が、小さく鳴った。


 女は、記録を、そっと机に戻した。


「……敵は、崩壊では、ありません」


 静かに言う。


「……敵は、依存そのものです」

診断です。「私に依存しない仕組み」は達成されていた。けれど、消したはずの単一点は、宰相グレン一人のところへ移っていた。水が低い方へ流れるように、判断は引き受けられる一人へ集まる。

ロヴィスは、それを見抜いて、その一人を狙った。自分が代わりに座るために。

敵は、崩壊ではなく、依存そのもの。次話、その男と向き合います。

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