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タネも仕掛けもある異世界召喚  作者: 九重 桜花


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第二ステージ~黄金の祝福(フェイク)をその手に~

「とりあえず、個室と食事を用意していただけるかしら? 召喚の影響で、少し『神経』が昂ぶっていますの」


天音がそう告げると、先ほどまで彼女を奴隷商に売ろうとしていた神官たちは「もちろんでございます!」と一斉に平伏した。


案内されたのは、王宮の中でも最高級の客間だった。ふかふかのベッドに、見たこともない豪華な果物。さっきまでの「奴隷落ち」の危機が嘘のようだ。天音は、重厚な扉を閉め、鍵をかけた瞬間に崩れ落ちた。


「……あー、死ぬかと思った……」


ドクドクと、スーツ越しに伝わる心臓の鼓動が耳の奥まで響く。数分前まで営業スマイルを維持し続けた顔の筋肉が、限界を迎えてピクピクと引き攣っている。

彼女は震える手で、親指から「肌色の小さなキャップ」を外した。熱を持った火種が、キャップの中で赤く燻っている。急いで水を張った水差しにそれを沈めると、ジュッと小さな音がして、天音はようやく一息ついた。


(忘年会の出し物を真面目に練習してて、本当に良かった……。部長に『芸は身を助けるぞ』って言われたけど、助けすぎでしょ)


「どうしよう。聖女の役割なんて、ゲームや小説の知識しかないけど……だいたい『祈りで魔物を倒す』とか『怪我を治す』とかよね?」


しかし、安堵したのも束の間。

天音が天井を仰いだ瞬間、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。


「失礼いたします、聖女様。国王陛下への謁見の準備が整いました。お疲れは重々承知しておりますが、一刻も早くその御姿を陛下にお見せいただきたく……」


扉の向こうから、先ほどの神官の申し訳なさそうな声が響く。


(えっ、もう!? 全然心の準備ができてないんだけど!)


天音は慌てて鏡を覗き込んだ。仕事帰りのくたびれたスーツ。髪は乱れ、目の下にはうっすらとクマがある。

だが、今の彼女は「大魔術師」だ。ただの無力な人間だと悟られれば、即座に奴隷市場行きの片道切符が発行される。


「……ええ、今行きますわ。少しお待ちになって」


天音は手早くポケットの中身を確認した。

愛用のトランプ。コイン。そして、いくつかのマジック用ギミック。ついでにテーブルにあった果実を一つ頂戴しておく。


(手持ちのネタは限られてる。陛下との面会で、一発デカい『魔法』を見せないと、次はないわね……)


_______________


豪華絢爛な玉座の間。

そこには、威厳に満ちた国王と、彼を護衛する屈強な騎士団、そして疑り深い目を向けた宮廷魔術師たちが立ち並んでいた。


「……貴殿が、無詠唱で火を操り、空間から無限の紙片を取り出したという聖女か」


国王の声が低く響く。その隣に立つ、長い白髭の老魔術師が不遜に鼻を鳴らした。


「陛下。鵜呑みにしてはいけません。魔力のない者が小細工で我らを欺こうとするなど、よくあることです。……聖女様、もし貴方が本物であれば、この私の魔力で編んだ偽りの魔術を無効化する『真実の結界』の中で、何か一つでも神の御技を見せていただけますかな?」


(……結界? 魔力を無効化? 望むところよ)


天音は、不敵な笑みを深くした。

そもそも彼女は、魔力など一滴も使っていないのだ。無効化される「タネ」など、最初から存在しない。


「『真実の結界』?構わないわ。 ふふ、私にそんな子供騙しが必要だと思わなくてよ」


「ありがたきお言葉。それでは、失礼いたします」


老魔術師は、わざとらしく大振りで丁寧な礼をした後、杖を前に出す。


「裁きの光、此処に集いて天秤と成せ。世界のことわりを読み取り、虚像を焼く真実の灯よ、偽りを白日の下に晒し出せ。――顕現せよ、『真実の結界ヴァリタス・クローストラム』」


老魔術師が詠唱を終え、杖を振ると、部屋全体を覆ううっすらと青い光の膜が張られた。

周囲の宮廷魔術師が、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「これは、魔力を感知し、偽りの魔術を無効化する結界でございます。この中でいくら我らを謀る偽りの魔術を使おうとしても一切が無効となります」


つまり、この世界の常識では、逃げ場のない「詰み」の状態だ。


天音はゆっくりと歩き出した。国王の目の前まで歩を進める。周囲がざわつく中、彼女は自分の両手を、何も持っていないことを証明するようにひらひらと振った。


「陛下、あなたの手の中に、この国の運命――『黄金の祝福』を現しましょう」


天音は、国王の固く結ばれた拳に、そっと自分の手を添えた。


「さあ、ゆっくりと手を開いてくださいな」


国王が不審げに拳を開くと、そこには――一粒の、干からびた果実の種が載っていた。


「……種か? これが祝福だと?」


国王が不審そうにその種を見つめた瞬間、天音がその手の上に、自らのポケットから出したハンカチをふわりと被せた。


「命とは、私の指先一つで巡るもの。……ご覧なさい。時を越え、結実した果実を」


天音がハンカチをサッと引き抜くと、そこには――瑞々しく輝く、黄金のリンゴのような果実が鎮座していた。


「な、なんだと!? 一瞬で結実したというのか!」

「結界が反応せぬまま、時間の流れさえも支配しただと……!?馬鹿な、時を操る魔術式など存在しないはずだ!」


(フフッ、古典的な『リンゴの出現アップル・プロダクション』の応用よ! ハンカチを被せる瞬間に、袖口から重みを利用して本物の果実を落とし込んだだけ。結界なんて、ただのリンゴの移動は制限できないでしょ?)


天音は先程部屋で準備をした際に、スーツのポケットの奥底を指先で探り、本当に小さな紙包みを見つけ出していた。


(……あった。)


それは、去年の年末に「今年こそは良い年になりますように」と、奮発して買ったお正月用の金箔だった。

毎年、仕事に追われて終わる正月。せめてお屠蘇とそに浮かべる日本酒くらいは豪華にしようと買った食用の純金箔だ。

結局、仕事の呼び出しが入ってゆっくりお酒を飲む暇などなく、未開封のままポケットに放り込まれていた「社畜のささやかな夢の残骸」である。


(まさか、こんな異世界のど真ん中で、自分の酒に入れるはずだった金箔をリンゴに貼ることになるなんてね……)


天音は、マジックの練習で鍛えた器用な指先で、金箔を果実の表面に隙間なく貼り付けておいたのだ。

社畜の意地と、マジシャンの指先。その結晶が、照明の反射を複雑に乱反射させ、見る者を魅了する「黄金の果実」へと姿を変えたのである。


(さっき部屋にあった果実の表面に食用の金箔をたっぷり貼って持ってきておいたから、この世界の住人には神聖な供物に見えるはず!)


「陛下、その実は神の食卓よりいただいた繁栄の証。……どうぞ、お納めください」


天音は、騒然とする一同を冷ややかな、それでいて慈悲深い瞳で見下ろした。


「これが、私の挨拶ですわ。陛下」


心の中では盛大なガッツポーズ。とりあえず、第二ステージも「完全勝利」である。


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