第一ステージ〜自称・大魔術師の聖女は、実はただの手品師でした〜
大聖堂の冷たい石畳の上。仕事帰りに突然召喚されたばかりの天音は、混乱の中で周囲の声を聞いた。
「……失敗だ。魔力、ゼロ。反応なし。――こいつも『外れ』だ。連れて行け」
天音の視界は、まだチカチカと白い光が残っている。数分前まで、彼女はクライアントへの無理難題な修正依頼に頭を抱えていたはずだった。
冷徹な声が薄暗い聖堂に響き、ゴミを見るような目で見下ろされている。
(えっ、何この声……。口の動きと聞こえてくる音が違うのに、耳の奥で誰かが通訳してるみたいにハッキリ聞こえる。っていうか……)
「聖女召喚は失敗だ。……まだ若い。鉱山の奴隷か、あるいは娼館にでも売れば、召喚の儀式代の足しにはなるだろう」
無骨な兵士たちが、天音の細い腕を乱暴に掴んだ。その力は容赦なく、骨がきしみそうなほど強い。
「ちょ、ちょっと待ってください! 売るって、私を!?状況が飲み込めないんだけど! ここはどこ? あなたたちは誰?」
「黙れ、『外れ』が。言葉を話すな、貴様はこれから奴隷商へ引き渡される。この国を救う『聖女』を召喚するコストも安くないのだ。少しでも金を回収させてもらうぞ」
神官の冷たい瞳に、天音は直感した。
(あ、これ、マジなやつだ。ちょっと待って、冗談じゃない……!)
ブラック企業の無理難題には慣れていたが、これはレベルが違う。 言葉も通じない、人権もない。ここで連れて行かれれば、二度と「人間」としての生活は戻ってこないだろう。
天音の脳裏に、最悪の結末がよぎる。このままでは人生が終わる。
しかし、彼女には特別な才能があった。
「――お待ちなさい。私の魔力が『見えない』とは、この国の神官はその程度なのですか?」
天音は震える声を押し殺し、不敵な笑みを浮かべた。騎士たちの手が、一瞬緩む。天音は素早く腕を振り払い、優雅に髪をかき上げる。
彼女は心臓はバクバクだ。だが、声はコンペの時の、あの「自信満々」なトーンを維持している。
震える手でスーツのポケットを探ると、 そこには、今日の接待用……もとい、クライアントの子供を喜ばせるために用意していた、愛用のトランプが入っていた。
ゆっくり騎士たちから距離をとり、スーツのポケットから、トランプを取り出す。
「もし私が『外れ』だと言うのなら、なぜ私はこの世界に呼ばれたのでしょう? ――答えは一つ。あなたたちが待ち望んでいた『聖女』が、今、ここに届いたからです」
天音は指をパチンと鳴らした。
「本当の魔術というものをお見せしましょう。タネも仕掛けも……いえ、詠唱も術式もありませんわ」
天音は指先でカードを弾いた。シュパッ、と空中でカードが消える。
「なっ、消えた!? 空間魔術か?」
「いいえ、まだですわ」
天音が何もない空間を掴むと、そこから次々とカードが溢れ出した。まるで見えない泉から湧き出しているかのように、無限にカードが現れ続ける「ミリオンカード」という技法だ。神官たちが目を剥く中、彼女はさらに畳みかける。
「次はこれ」
彼女は近くにあった燭台から火を「つまみ取り」、そのまま自分の指先に移した。実際には、親指に重ねてはめた肌色の小さなキャップの中に火種を隠しているだけなのだが、この世界の住人には「無詠唱の火炎魔術」に見えた。会社の宴会で披露するために磨き上げた、プロ顔負けのマジックの技術だ。
「無詠唱だと……!?」
神官たちの顔色がみるみる青ざめていく。天音は心の中で(よし、釣れた!)とガッツポーズを作った。
「聖女の魔力はあまりに高密度ゆえ、未熟な計測器や貴方たちの目では捉えきれないのです。……さあ、私を売り飛ばす話、まだ続けますか?」
「め、滅相もございません! 聖女様……いえ、大魔術師様!」
こうして天音は、奴隷落ちを免れ、「大魔術師の聖女」として迎え入れられることになった。
(……とりあえずなんとかなったけど、これからどうしよう。そもそも、聖女って何するのよ……)
バレれば即、奴隷。天音の、命がけの「自称・聖女」ライフが幕を開けた。




