シゾイド
一つ覚えといえば、同じ曲を何度も何度もリフレインさせる癖が私にはあった。
反芻癖。それは言語という言語、行動という行動におしみなく反映され、伴うのだった。
輪廻を想起した。分裂し、いがみあい、錯綜しながらまた、芽吹いていく。
「起点が分からない。」
そう思うのだ。
いつから始まってしまったのか不明な、手垢のついた命の連鎖。
だって私の命そのものだって、分裂しかねない。
心臓から。指先から。つむじから。
針が刺し込まれ、また抜かれていく。逆流する、低温の液体。
何色なのか?なんだか私にはそれはコバルトブルーに思える。
多分、人間は海から生まれたから。
分裂してしまった心の話をしよう。
はじめは目がイカれたんだと思った。フィルター。膜越しの、やわらかな世界。
あらゆるデモーニックな事象は柔和な笑みを帯び、ほんとうに微笑すら常時口元にたたえていた。
英文に目を落とせば、単語のスペルはあっちを向いたりこっちを向いたりして、パラグラフなんか今にもそれらを引き連れて、話しかけてきそうな勢いだった。
そして次は耳が異常を来たした。
人の声なんか、犬の声なんかも、まったくエコーがかっている。でも私がいるのは学内だったり、自宅だったり、路上だったり、山の中でない。それでも、もわんもわんと、スローモーションで再生される音たちは、なんだか神様の啓示みたいだった。
それからのことはあまり記憶にない。
でも、私が神様に見切られたのは、確かだった。
つまらなかった。味のない、カレーライスとかみたいな。
そこにちゃんとあるのだけれど、何も感じなくて。
何もなかった。




