66.帰還
再び、白一色が視界を埋め尽くす。
「……やったか?」
「御門くん、それ言ったらダメなやつ」
視界も戻らぬ状況で、御門がぽつりと言葉を溢した言葉に、輝夜が呆れたように返した。
不吉な言葉だったが、徐々に鮮明になる視界の中に、魔王の姿はなく。
「大丈夫そう……」
玉座の周囲を、白い光が取り巻いているだけだった。魔王が纏っていたもやに近いそれは、浄化された魔力なのだろう。
「あとは、ほづみに……」
後は、予定通り京に魔力を吸収してもらい、帰還用魔法陣の発動に使わせてもらうだけだ。眠そうに小さな手で目をこする御門が、京を探して視線を動かし、鏡花と輝夜もその視線を追う。
「あ」
が、京は何故か玉座ではなく、扉の方へとふらふら歩いていて。
「正気失ってる!!」
「そっか、【憤怒】と【強欲】を同時に使っちゃったし……」
慌てて輝夜が追い掛ける。鏡花は気を抜いたからか、全身の感覚が無くて歩けそうにないし、御門も眠気が限界だった。
「くそ、ねむい……」
「黛くん、もう少し頑張って……!!」
動けないが、口を止めるとお互い、意識を失いそうである。
「と、止まって!!」
京に追いついた輝夜が肩を掴む。が、京は攻撃と判断したらしい。輝夜の胸ぐらをつかみ返し、体格の差もあり危険かと、鏡花が息をのんだ瞬間。
輝夜が、見事なビンタを決めた。
「輝夜くん……」
「他に……、思いつかなくて……」
叩かれた左頬を手で押さえ、呆然とした顔を向ける京は、無事に正気を取り戻したらしい。
「三人とも、ごめん……」
大層申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。
「いや、八月一日くんは悪くないよ」
寧ろ、あまり謝られると、輝夜がいたたまれない。完全に舟をこぎ始めている御門に寄りかかられながら、鏡花は話題を変える。
「その、魔力を……」
「あ、うん。任せて」
いまだ、玉座付近に留まる魔力も吸収してもらう必要がある。京もすぐに気付き、慌ててスキルを発動させた。
「それじゃあ、後は……」
鏡花が魔法陣を描くだけ、なのだが。
「ごめん、少しだけ、休ませて……」
ここにきて、スキルの反動に襲われた鏡花は、先程とは違う理由で視界が真っ白になった。
◇
「これは……?」
玉座の間に、馴染みのない、しかし聞いたことがある声が響く。敢えて顔をあげず、作業を続ける鏡花の代わりに、手伝いをしていた輝夜が手を止め扉に視線を向けた。
「あ、来たんだ」
「流石は勇者、早いね」
四人が動けるようになってから、まだ二時間は経っていないだろう。魔王を倒した瞬間に、魔王が原因で生まれた魔獣や魔族は消滅したはずだが、それにしても早い。
散々戦っていただろうに、即座に魔王に挑めるあたり、根本的に戦闘能力が桁違いだと理解させられる。
「魔王は__」
「見ての通りだ」
「僕たちが先に倒したよ」
とはいえ、勇者たちが辿り着くより前に、決着はついた。繰り返した練習のお陰で、鏡花の作業も終了間近だ。
「それは、その、大丈夫なんですか?」
「心配なら、幾らでも確認するといい」
京に確認したところ、魔力の量は十分であり、魔法陣を二回発動させる余裕もあるそうだ。後は、疑いを持たれるまえに、説得しきってしまうだけ。
作業にキリが付いた鏡花が、顔を上げる。視線に気付いた御門が、玉座に近付こうとしていた勇者たちに声を掛けた。
「確認したいことがある」
「なんですか?」
きょとん、と目を丸くした勇者に対して、御門は深刻そうな声音で尋ねた。
「お前たちは、元の世界に帰る気があるか?」
その言葉に、勇者たちの表情が強張る。意図しない質問だったのだろう。相手を動揺させられれば、後は御門と京の独壇場だ。
「え、でも、先に魔王討伐を知らせないといけないんじゃ……」
「帰還方法は聞いているのか?」
「戻ってきてから、儀式をすると」
大嘘である。そもそも、王宮側は帰還用の魔法陣すら知らなかったはずだ。
「莫大な魔力が必要な儀式を?」
「そういう約束の筈です」
「第一王子は帰還用の魔法陣を知らないとしても?」
「それは……、どういう……」
「勇者なんて強大な戦力を、コストを支払って手放すと、本気で思っているのか?」
虚偽の情報は混ぜず、真実のみを、不都合な部分は隠して伝える。更に情報を次から次へ出し、相手に深く考えさせない。
完全に詐欺の手口だが、目的の為なら仕方ない。
「……決めました。一緒に、帰らせてください」
「勿論だ」
結果がわかり切っているのもあり、鏡花は途中から話を聞かず、魔法陣の最終チェックをしていたわけだが。無事に説得が終わり、勇者たち四人が頭を下げる。
「皆さんがいなければ、利用されるところでした」
「じゃあ、先に四人に帰ってもらうね」
「全員で使わないんですか?」
「魔法陣があんまり大きくないから、二回に分けないと無理なんだ」
これも本当だ。大きすぎると形が崩れる恐れがあったし、描くための労力も増える。尤もらしい理由になる為、ギリギリ四人分の大きさに書いてあった。
「魔力はあるから、心配しないで」
「そうですか」
「じゃあ、行くよ……」
京が魔法陣に手を当て、魔力を流し始めれば、魔法陣の中心が光り、別の景色が映り始めた。来た時と同じ、上から、元の世界を見ている形だ。
「__高校だ!!」
「戻れるんだね」
「早く」
「維持が難しいから」
順番に入れば、全員同時に戻れるのでは。鏡花と、他の三人もそう思ったらしく、勇者たちが気付かないよう、さりげなく急かす。
「ありがとうございました!!」
と、声を揃えて勇者たちが魔法陣に飛び込んだのを確認して、鏡花達は魔法陣を閉じる。
「さて」
「ここを、書き足して……」
文字を書き足して、魔法陣を、三年前に戻れるように描き直す。最終確認をして、顔を見合わせ頷きあえば、後は発動させるだけである。
「そういえば、魔王討伐の確認って本当にどうするんだろう?」
「アイクたちがなんとかするでしょ」
魔物が減ったらわかるだろうし、この世界の事だ。この世界の人間が解決すべきだろうと、深く考えることはしない。
「場所どうなるんだ」
「なんとかなるって」
勇者たちは高校が映っていたが、四人別々の場合はどうなるのだろうか。京が再び、魔法陣を発動させるが、浮かぶ景色は細切れに変化し安定しない。
「それじゃあ」
輝夜が言ったのを皮切りに、全員が一歩、踏み出した。
「また」
重力に引かれたからだが、魔法陣の中心に向けて落ちていき。床を突き抜け、更に、更に落ちていく感覚に身を任せて。
鏡花は、静かに目を閉じた。




