65.死力
光が晴れる。身構えているものの、魔王からの反撃はない。魔王は玉座に腰掛けたまま、その体が動くことはない。
そう、思ったのだが。
『__この程度か』
魔王が、胸元を片手で軽く払う。穴が開き、黒いもやが溢れていたはずの場所は、既に新たな肌が生まれていた。
『浄化の力……、いや、別のものだな?』
この程度では足りなかったな、と淡々と言う魔王に対して、鏡花は逃げることも、次の行動を取ることすらできなかった。
不味い、と思うが、胸の痛みは鋭く、息は浅くなり、立っているのが精一杯で。ぐしゃり、と胸元の布が握り締められ、擦れる音がする。
「まがね、さん!!」
京が叫ぶ。辿々しい口調だ。【憤怒】の反動で自我を保つのも難しいのだろう。理解できるが、動けない。
御門は意識を保っているか怪しい、輝夜も動くのは辛いはず。魔王を倒せなかった今、鏡花の防御が頼りなのだ。
『動かないのか? なら、こちらからいくぞ』
魔王が指先を向ける。親指で丸めた中指を押さえ、空気を打ち出すように、弾き出す。
空気が破裂する音。鏡花の前髪が、ふわりと浮かぶ。重たいものが転がる音と、小さな呻き。
一拍遅れて振り向けば、随分と離れた場所で、地面に倒れ伏している三人。一撃で、やられたのだ。
『……ここまで来たには、それなりの実力があるかと思ったが』
つまらなそうな響き。魔王にとっては大したことがない攻撃だったのだろう。だが、御門も、輝夜も、京も起き上がらない。
『やはり、勇者以外は相手にならぬな』
とはいえ。言葉を切って、魔王が鏡花たちを見た。体に纏うもやを凝縮したかのような漆黒の瞳が、四人に、順に向けられる。
『体を貫いた以上、お主たちも稀人か』
ふむ、と魔王が指を口元に当てる。視線を床に落とし、片足は一定のリズムで床を叩く。逐一、所作が人間じみていることが、かえって不気味に思えた。
脅威でもない、部下に任せれば簡単に始末できるだろうが、と敢えて口にするのは、鏡花たちを揺さぶる為か。しかし、突然、顔を上げ、鏡花達を見て、いびつに笑った。
『丁度いい。勇者と同じ力には興味がある』
言うと同時に、魔王の纏う、もやが膨らむ。向こう側が見えない程に凝縮されたもやは、大きな、人間を握り込めるほどの手の形を取り。
きっちり四本、人数分の大きな手は、いまだ動けぬ鏡花達に、まっすぐ向かってきた。
『どうせなら、役に立ってもらお__』
魔王に、一番近かったのは鏡花だ。他の三人が吹き飛ばされた時、偶然、あるいは弱そうな鏡花を敢えて、魔王は放置した。
だから、他の三人を掴むには、鏡花の横を通る必要があり。
「触らないで……!!」
鏡花が、強く、強く拒絶し、【無感動】の障壁を、後ろの三人も守るように発動させたのなら。伸ばされた黒い手は、ばちん、と大きな音を立て弾かれる。
『な!?』
魔王が驚きの声を上げ、目を見開いた。その拍子に魔力のコントロールが乱れたのか、鏡花の【無感動】に触れたことが原因か、黒い手は端から形を失っていく。
意識も、手足の感覚も、胸を焦がす様な痛みも、全て遠くに感じながらも、鏡花は魔王をきつく睨んだ。
魔王は次の手を打つこともせず、ぎょろりと鏡花を睨み返したが。
「はは、よくやった眞金!!」
御門が、この隙を無駄にするはずはなく。
「蓬莱、八月一日も起きろ!! こうなればヤケだ、さっき以上に死ぬ気でやれ!!」
掠れた声で、残り二人に檄を飛ばした。ハッとした魔王は再び黒い手を作ろうとしたが、御門が【傲慢】を使ったのだろう。
びしり、と魔王の動きが不自然に止まる。
「そんなこと言われても、ね!!」
御門の【傲慢】は隠した相手に強い効果を発揮するスキルだ。魔王の動きを長時間止められるはずもなく、援護すべく輝夜が声を上げる。
『その程度の洗脳など__』
輝夜の洗脳も、動きを一瞬止めた程度。大した脅威ではない、と油断する心に、輝夜は甘い声を掛ける。
「そう? よく見てよ、オレのこと」
人間並みの、もしかすると以上の知能がある故か、黄金比を体現したかのような輝夜の顔に、一瞬だけでも気が取られたらしい。
『……む、腕が、言うことを聞かぬな?』
魔王の左腕が、魔王の意志に反して動き、先程四人が傷つけた場所を上から爪で傷つけた。
「ほづみ、はしれ!!」
「いや、無茶振り!!」
とはいえ、放置するわけもなく。右腕に掴まれ、動きが阻まれる。意識すれば主導権を取り戻せたのだろう、すぐに手は離され、反撃が始まる。
『そうはさせん!!』
人数分では足りないと思ったのか、倍の黒い腕が魔王から生える。
「だから、みんなに、触らないで!!」
【無感動】で胸の痛みを無視した鏡花が、もつれそうな足を前に出し、再び障壁で弾く。
「この角だって、似合うでしょう?」
視線誘導か、輝夜も声を掛けることをやめない。その反対側を、【憤怒】で身体強化した京が、縮んだ御門を抱えて走り抜けていく。
「もやごと吸いこめ!!」
「信じるからね!?」
鏡花より前に出たせいで迫りくる黒い手については、魔力の塊だからと【強欲】で無理矢理吸収して。それでも減らない魔力のもやを減らすべく、御門が顔だけ強化に向けた。
「まがね!!」
「任せて__」
後のことなど、何も考えない最大火力。痛覚が無くても痛くなりそうなほどの、妬み嫉みを頭に浮かべ。
それでも綺麗に笑って、鏡花は翡翠の焔を放つ。
「あとは、おれがやる!!」
黒い、暗い感情を燃料にするかのように、端から包み、輝きを増す焔は、魔王の体付近まで届き。
魔力吸収機と化した京に抱えられたまま、魔王の元まで辿り着いた御門が、焔を追いかけるように手を伸ばす。
「消えてしまえ__!!」




