63.急転
魔王城、城内。薄暗い石造りの廊下。過度の向こうから近付いてくる、コツコツ、ピシピシと規則正しい音に、四人は顔を見合わせた。
「蓬莱」
「任せて」
御門が短く言えば、輝夜が微笑み一歩前に出る。瞳を怪しく、紫に染めながら角を曲がった輝夜は、陰鬱とした場所にそぐわない、明るい声を放った。
「こんにちは、いい天気だね」
「貴様、何者__」
ビシ、と鋭い音。魔族の持つ尾が、床を叩く。警戒心をあらわに輝夜を問いただす魔族だったが、警戒のため、輝夜の瞳を見たが最後。
「中のこと、教えて欲しいな」
「__はい」
【色欲】の洗脳に掛けられ、あっという間に輝夜の傀儡になり果てるのだ。周囲に他の気配が無いことを確認してから、鏡花達も角から顔を出す。
輝夜と話している魔族は、悪魔らしい黒く細い尻尾が生えており、頭にも同じ色の角が生えている。その表情は恍惚としているような、呆けているようなものであり、瞳は焦点があっていないのに輝夜を真っすぐ見ていた。
「見取り図とか持ってる?」
「いえ」
「なら、これにわかる部分は書き足して」
輝夜が懐から取り出したのは、これまでに作った城内地図だ。魔王城の内部に潜り込めるようになってから早三日。門番から順に、一人でいる魔族を片っ端から洗脳して城内の情報を集めていったのだ。
「かしこまりました」
見取り図を受け取った魔族は、黙々と空白の場所に線を書き足し始めた。
既に、魔王城の中でも中心部以外は見取り図が完成しており、残った区画内に玉座の間があることは確定している。場所の予想もついているものの、奇襲に役立つ構造がないか、下調べを重ねていた。
魔族の書き足していく線に注目しながら、予想通りか、と御門が溜息を吐く。玉座の間は正門から一直線。余計な仕掛けはなさそうな、重厚な造りの部屋である。
裏から忍び込むのは難しそうだな、と溜息を吐きながら、気を取り直して追加の情報を抜き出すべく輝夜が口を開いた。
「じゃあ、次は巡回経路を……」
正面突破しかないとなると、なるべく道中での戦闘を避けるしかない。この魔族は中心部まで立ち入っているということは、かなり役職も高いはず。
巡回経路や、配置されている兵力も把握しているかと思ったのだが。
「チッ」
「あ」
ガヤガヤと複数の声が聞こえる。それなりの人数がいるのだろう、声は途切れることなく、声量もあるため、まだ此方には気付いていなさそうだ。
「輝夜くん」
「わかってる」
もう少し情報が欲しいところだが、撤収するしかないだろう。輝夜は京に見取り図を渡してから、魔族に向き直り、短く指示を飛ばした。
「オレ達のことは全部忘れて。いいね?」
洗脳中の記憶が消せることは確認できている。下手に倒すよりも怪しまれないため、城内への潜入を始めてからはよく使っている手だ。
こっち、と見取り図を見ながら先導する京に従い、近くにある部屋に隠れる。
物置として使われているのか、大小様々なものが置いてある部屋だ。入り口から部屋の角が見えず、隠れるにはちょうど良い。
音を立てないように扉を閉め、顔を見合わせ、深々と息を吐く。
「中々上手くいかないね」
本拠地だけあって、警備は厚く、巡回は絶え間ない。単独行動していることも少ないし、情報統制のためか、身分によっては知らないことも多い。
「だが、これで玉座の間までの地図はできた」
3日掛けて、ようやく地図の完成である。後は巡回ルートや、魔王に関する情報を集め、対策を立てていきたいところだが。
「なあ、聞いたか?」
「勇者の話か?」
「そうそう、最近、出入りが激しいだろ?」
聞こえてきた単語に、四人の体が強張った。誰かの肩が扉に触れたのか、ギシ、と鈍い音がする。幸い気付かれてはいないようで、外からの会話は途切れなかった。
「すげぇ勢いで来てんだってな」
「でも、かなりの数が出たんだろ?」
「馬鹿、城下まで来てるから忙しいんだろ」
「あー、だから見回りの人数すくねぇの?」
「単独行動増えたもんな」
「俺たちみたいな弱いの以外は、な」
「うるせ」
見回りしてるって事実が一番大事なんだよ、とぼやく魔族たちに、その通りだと鏡花は小さく頷く。
複数人で見回りされるだけで、一人倒せても誰かが助けを呼びに行ってしまう。そう考えた上で最低限の警備を残す魔王は、強さだけでなく頭もきれるのだろう。
「ほら、急ぐぞ。そろそろ交代の時間だ」
「やっと休みか」
「非常事態だ。潰れる覚悟はした方がいい」
「だよなぁ」
話し声と足音が遠ざかっていくのを聞いて、四人は壁に凭れて溜息を吐いた。
「行ったか」
「みたいだね」
「明日にでも仕掛けないとまずいかな?」
勇者たちが城下まで来ているなら、時間の猶予は幾許もない。魔族たちの警戒度合いからしても、明日くらいが一番城から人員が減るかと、そう思ったが。
カンカンカンカン、と甲高い音が鳴り響く。
「おい……」
「まさか」
バタバタと慌ただしい足音。魔族たちは何かを叫びながら移動しており、重なる声のせいで何を言っているのか、わからない。
だが、何が起こっているのかはわかる。
「もう、到着したの……?」
一度体勢を立て直す時間などなく、最終決戦に望まなくては、ならなくなったのだ。




