62.巻き戻し
半年早く、気付けていたら。そんな言葉を、何度も聞いた。だから、倒れるより一年前に戻れば、打ってはあると思ったのだ。
二年半という、中途半端な時間指定が難しかったのもあるけれど。
眞金、と御門に呼び掛けられて、鏡花は唇を引き結ぶ。
「三年は大きい。たとえ、体調が回復したとして、全てが好転するとは限らない」
「……うん」
不確実なことは、言わない。御門の誠実な言葉に、鏡花は小さく頷いた。戻ったところで、現状を変えられるとは限らない。
「寧ろ、変えたことで悪化する可能性もある」
御門の言う通り、バタフライエフェクトは予想できない。過去とは違う行動を取ったことで、より悪い事態になるかもしれない。
タイムパラドックス。よく言われるように、もしかすると、過去を変えたことで、この世界に来る未来も変わり、結局は元通りになるかもしれない。
「__理解しているな?」
「わかって、る」
それでも、何もしないよりかは、一縷の希望に縋りたい。少し、言葉は詰まったけれど、鏡花が力強く頷くと。
「ならいい」
御門は、あっさり頷き返した。
「え?」
「俺にとっても、都合がいい話だ」
「えっ、と?」
三年あれば、色々とできる。御門は口の端を片方だけ上げて、誰が見ても悪人の顔で笑った。
知識そのまま、時間だけ巻き戻るなんて、中々ないチャンスだろう、と。
「蓬莱と八月一日も馬鹿じゃない。事前に伝えれば、これ幸いと動くだろう」
輝夜も京も学生時代に戻れるのなら、やりたいことは多いだろう。特に京は在学中に起業していた。やり直せるなら、さらに上手く、稼げる会社を作るだろう。
とはいえ、過去を変える、リスクの高い行為であることに変わりはない。
「反対、しないの?」
「そもそも、時間をずらさない限り、眞金の無事は保証できないんだろう?」
「……多分。落ちたままなら」
少し戻したところで、疲労しきった頭と体では、どうせすぐに転ぶなり事故に遭うなりするだろう。それなら、もっと戻って、根本から変えてしまえ、と御門は言う。
「変えるぞ。俺たちにとって、都合よくな」
そうと決まれば情報共有するぞ、と荷台から出ていく御門。話している間に食事の準備は終わっているようで、スープの香りが漂ってくる。
本当にいいのだろうか。迷いつつも食卓に着くと、御門が前置きもなく口を開く。
「説明は省くが、帰還用の魔法陣を改造して三年前に戻ることにした」
「いや、説明して?」
「どういうこと?」
至極真っ当なリアクションを取った二人に、御門にしたのと同じ説明をすると、二人は目を丸くしながら聞いてくれた。
「え!! おじさん、入院してたの?」
「それに、階段から落ちたって……」
それで、召喚直後、ああだったのか。と、納得してくれた二人は、時間遡行もあっさり受け入れた。
「そのくらい、全然いいよ」
「戻しすぎても不確定要素が増えるし、妥当じゃないかな」
三年前は何してたっけと思い出す輝夜と、起業の準備をしていた頃だなと頷く京。懐かしいな、と学生時代に思いを馳せたことで気付いたらしい。
「でも、あの子達は、どうするの?」
輝夜の指摘に、顔を見合わせる。勇者たちをどうするか。そもそも一緒に帰還するのかを含め、決めておかなくてはいけない。
「放置したいところだが」
真っ先に挙がったのは、この世界においていく案。別に彼らに思い入れもないし、赤の他人の世話までする必要はない、という御門の意見は間違っていない。
が、しかし。
「後から使われたら、まずいよね」
「多分、消す時間はないと思う」
莫大な魔力が必要になるとはいえ、賢者が魔力を扱える以上、後から魔法陣を使われる可能性がある。
「僕たちより前に戻られたらどうなるか……」
戻るタイミングがズレることで、折角、行動を変えても戻されてしまうかもしれない。
「なら、先に帰ってもらう?」
不確定要素は先に潰して、勇者たちを先に、元いた時間ぴったりに帰らせ、その後で三年前に戻るのが確実だろう。
「それ自体は可能だろうが……」
「どうやって?」
「それはもう、蓬莱くんで……」
「流石に嫌だよ。顔覚えられてるだろうし」
生活圏は完全に被っている上、輝夜は客商売だ。恨まれるような真似はしない方がいいだろう。
「となると、説得するしかないか……」
「なら、予定通り、勇者達の到着に合わせて魔王に奇襲?」
「ああ、魔力も全部、回収する頃に来て貰おう」
魔法陣を握っているのは此方だ。王宮に戻ったところで帰れるとは限らない、と言えば焦って頷くかもしれない。
「最悪、説得のため蓬莱は戻れ」
「オレだけやり直せないのはズルくない?」
輝夜だけ一緒に戻ってもらうことで、警戒を解く作戦である。そこまで困ってないからいいけど、と輝夜が了承したところで、御門が話を切り上げた。
これ以上は、取らぬ狸の皮算用、まずは魔王に集中するぞ、と。
「時間までに、最大限の準備をするぞ」
えい、えい、おー。気の抜けた掛け声を上げ、四人は笑った。




