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60.快走

 魔王城までの道のりは、今迄の旅がなんだったのかと思うくらい平穏だった。


「京くんのスキルがあって良かったねぇ」


 荷台から脚を出して、ゆらゆら揺らしながら、輝夜が言った。一定の速度で遠ざかっていく木々は、少しずつ黒く禍々しい色になっている気がする。


 しかし、馬車が止まることはない。速度を緩めれど、完全に止めることはなかった。


 鏡花が本から視線を上げる。本を片手に荷台内を膝で歩いて、御者台の二人へ声を掛けた。


「今、どの辺り?」

「もう七割過ぎたところだよ」

「早ければ、今夜には見えてくるだろう」


 予定では、今夜は中間地点で夜を越すはずだった。【強欲】スキルのお陰で、魔族の巡回ルートを避けることができた恩恵は大きい。


 魔物が出たとしても、四人で迎え撃てば危なげなく倒すことができる。輝夜も【色欲】の扱いに慣れ、洗脳からのトドメで傷なく、無駄なく、抵抗なく、簡単に倒せている。


「結構余裕で到着かな?」

「いや、勇者たちも迫って来ているだろう」


 先んじて国境から出発したが、勇者たちは身を隠すことなく、真っ直ぐ向かってくるだろう。それだけの実力があるし、それができるだけの支援も受けているはずだ。


 戦いながら進む勇者たちのスピードは、姿を隠しながら移動している四人と同じか、やや早いくらいかもしれない。


「城に着いてから調べないと」


 勇者たちより先に魔王を倒さなければいけないが、タイミングは勇者が城に入る直前くらいが理想的だ。


 当然、警備体制や城の間取りを調べておく必要もある。やるべきことは多いのだ。


「到着前に慌てても仕方がないだろう」


 今できないことは考えても無駄、とばっさり御門が切り捨てる。そこは嘘でも、不安にならなくていい、とか言えばいいのに。


 そう思うものの、鏡花も口に出すことはない。これ以上は聞くこともないし、再び定位置に戻ろうとした矢先。


 御者台の京に問いかけられた。


「眞金さんの方は? 順調?」

「……うん、いつでも描けるよ」


 鏡花は本の表紙を撫でる。馬車の中では小さな紙に、馬車の外では地面に描いては消して、何度も練習していたのだ。


 目を瞑って、となると無理だが、手本を見ずに描くことくらいはできるようになっていた。


「オレも手本があれば一応描けるよ」


 鏡花ちゃん程じゃないけど練習したし、と輝夜が声を上げる。何が起こるかわからない以上、全員で練習しているのだが、御者台の二人は中々時間が取れないのが現状だ。


 そんな事情もあり、輝夜は真面目に練習をしてくれていたのだが。


「蓬莱のは線が変に曲がるだろう」

「ある程度なら発動するって別のやつで試したでしょ」

「でも、消費魔力増えるし、偶に失敗するから……」


 線を思い通りに引くだけでも、意外と難しいものだ。基本的な水の魔法陣を発動させたりしていたものの、歪んだ線では効率が悪く、魔力が流れず失敗することも多い。


 元々、絵が得意でない輝夜にこれ以上を求めるのはな、という思いもあり、鏡花は責任を持って魔法陣を描ききるつもりであった。


「……描けるようになった割には、熱心に本を読んでいるようだが。何か気になることでもあるのか?」


 鏡花は、僅かに目を見開いた。


「あ、確かに。何が心配事?」

「鏡花ちゃん、真面目だからねぇ」


 京と輝夜は気にしていない。が、御門は怪訝そうな声で問う。


「魔法陣の資料ではなく、基礎の本を抱えている理由はなんだ?」


 発動だけなら、アイベルクの資料だけ読んで練習すれば良い。だが、いつまでの基礎の本を読んでいる鏡花を不思議に思ったらしい。


 鋭い。


 御者台の二人からも、背後にいる輝夜からも、鏡花の顔は見えない。鏡花は静かに息を吐いてから、努めて笑顔を作り、答えた。


「一応、基本原理をちゃんと理解しておきたくて」


 これは、鏡花の本心だ。アイベルクの調査が間違っているとは思わないが、根本を理解していないと不測の事態に対応できない。


 魔力について、理解しきれないことはあっても、知識として身につけておけば不安は減るだろう。


 でも、と考えていることが、ないわけではないけれど。


「……俺たちの不利益にならないなら、良い」

「それは、大丈夫」


 本当に、鏡花は三人に迷惑を掛けるつもりはなかったし、掛かるようなことにもならないはずだった。


 相談できない内容、という訳ではない。あまりに実現性が低いから、可能性として口に出して、自分が失望したくないだけ。


 言葉の端々から、悪意がないことは読み取れたのだろう。御門は荷台まで聞こえる派手な溜息をついて、なら好きにしろ、と話を切り上げた。


「何かあったら、ちゃんと、相談するから」


 実行に移す前には、必ず。聞こえないくらい、小さな声で呟いた。


 抱きしめた本の間には、少し改造した、魔法陣のメモが挟まれていた。

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