59.道筋
御門の【怠惰】スキルにより浄化された魔石は、内部の黒いもやが消え、美しく透き通った紫色の宝石に見えた。
「……成功、かな?」
眠ってしまった御門の手の中から、京が魔石を魔石をそっと取る。【強欲】で奪った魔力を魔石に流し込むが、魔石の見た目が変わることなく、先程も魔族も復活する気配はない。
「大丈夫そう」
これで、魔王を倒す希望が見えてきた。【無感動】の防御を失ったのは痛手だが、代わりに【嫉妬】の攻撃力を手に入れたこともあり、前より戦闘も安定してきている。
「よかった……」
「本当に」
鏡花に魔石を預け、京が御者台へと向かう。ゆっくりと馬車が動き出し、御門の体が大きく揺れる。ぐらぐら揺れる頭が荷台にぶつからぬよう、慌てて輝夜と鏡花が支えたものの、御門は全く反応しない。
「全然起きないね」
体を起こしたままでは危ない。類を枕に完全に横たわらせるも、瞼は少しも動かない。随分深く眠っているようだ。
眉間には皺ひとつなく、穏やかそうに寝ている御門を見て、輝夜が珍しいよね、と笑う。いつもは寝ていても眉を顰めているらしい。
「予想はしてたけど、反動が大きいかぁ」
王都で資金稼ぎをしている間。大した怪我でなければ、【怠惰】スキルを使った所で、すぐさま眠りに落ちることは無かった。眠気と、使う力が比例している、と御門本人が言っていたはずだ。
そのため、これだけ深く眠っているとなると、魔石の浄化には相当な力が必要だったということだ。魔王の核となれば、更に力が必要だろう。
「これだと、魔王の前で爆睡しない?」
「倒せば大丈夫、と思いたいかな……」
元々、御門は回復役で、接近戦も殆どしない。魔王との戦いで、御門が全力で【怠惰】を使う頃には、決着はついている予定、である。
「魔王さえ倒せば他の魔族は何とかなる……よね?」
「それは……、八月一日くん、何かわかる?」
「前の亀裂と同じなら、魔王の魔力から産まれた魔族は消えて、それ以外も弱体化はするんじゃないかな?」
「なら、オレたちでも時間稼ぎはできるね」
魔王を倒した後、帰還用の魔法陣を完成させるまで。寝ている御門を守りつつ、異変に気付いた魔族が襲ってくるなら、倒さなくてはいけない。
とはいえ、頭数は減るし、弱体化もする。そもそも、魔王を倒した時点で指揮系統に混乱が生じる可能性もある。事前に部屋を閉め切るなどの対策を取れば、時間稼ぎは可能だろう。
「と、いうことで。鏡花ちゃんは魔法陣を早く書けるよう、練習お願い」
「それは……、勿論、頑張るけど、私が一人で書くの?」
時間勝負なら、複数人で書いた方が早いのでは。首を傾げる鏡花に、輝夜が力強く頷く。
「オレ、丸とか綺麗に書けないもん」
専門分野の関係上、鏡花は直線や丸を書くのは慣れている。実際の設計はパソコンを使っても、学生時代に基礎として散々手書きの練習をしているからだ。
同じく、御門もスケッチ経験が多く、模写が上手いが、魔王討伐後は眠っている可能性が高い。
「人によって大きさとかもばらつくし、失敗する訳にいかないでしょ?」
左右を別人が書いて、いびつな形になる可能性もある。そう考えると、確かに鏡花が一人で、手早く書けるよう練習した方が良いだろう。
「一応、オレ達も練習するけどね。基本は鏡花ちゃんでお願い」
「わかった」
「じゃ、オレは御者台行くから」
御門くんは放置でいいでしょ、と笑いながら荷台の中を移動する輝夜。今のうちに、魔法陣を確認しておいた方がいいだろう。そう判断して、鏡花は鞄から本と資料を引っ張り出した。
「ええと……」
鏡花は意外と、図形を覚えるのは苦手だ。だが、一つ一つの図形は単純で、配置に規則性のあるものなら。覚えやすさは格段に上がる。
要は、規則性を覚えてしまえばいいのだ。各図形が表す意味と、配置による意味を覚えれば、忘れたところで思い出せる。回路図と同じなら、多少配置が変わっても効果が変わらない可能性もある。
「魔法陣の基本構成は全部同じで、空間に関する記号はこれだから……」
空間同士を接続させる記号はわかる。後は、帰還と召喚用で、違う部分を見比べてみる。場所が入れ替わっているが、同じ図形が使われているのは、繋げる予定の座標だろう。
片方は、魔法陣のある場所。もう片方は、地球の座標。ただ、召喚用の魔法陣には、座標の前にもいくつかの記号。帰還用には書かれていない。
「召喚する人間の条件、かな」
これは、あまり重要ではない。帰還時は、魔法陣の上にいる人間全員移動させる、とすれば解決するからだ。実際、本を確認すると、帰還用の適応範囲は魔法陣との接触が条件になっていた。
「後は、帰還時の条件だけど……」
資料には、召喚直後の時間に戻す、と書いてあった。裏を返せば、帰還用の魔法陣内に、『召喚された直後』を示す図形が含まれている筈だ。
鏡花は、本を開き、時間に関するページを開く。もしかして、という気持ちを込めて。そうして、目当てに近い、内容を見つける。
「…………物体を、熟成させる魔法陣」
漬物やお酒に、と書かれた解説を、鏡花はそっと指でなぞった。




