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58.浄化

 京がスキルを発動させた瞬間、前のめりに倒れた魔族女性の体が急速に消え、魔石だけが残った。ざく、と京が膝をつくと同時に地面に突き立てられた剣は、汚れ一つない。


「【傲慢】」


 【強欲】により、魔力と記憶が流れ込んでいるのだろう。荒く息をする京の背を輝夜が摩る。その横、馬の魔獣を倒した御門と鏡花は、倒れた魔族の体を観察し始めた。


「魔獣同様、魔族も魔力から発生するとして、体が残るのは何だ?」

「魔力だけで形成される部分と、実体を持っている部分とか?」


 鳥の魔獣を解体したときは、当然だが血が出ていた。しかし、今の魔族の体からは出ていない。【強欲】は魔力と固有の魔法を奪う。どちらも血液が媒介になっているのなら、スキルにより吸収されてしまったのかもしれない。


「う……」


 鏡花と御門が話していると、京が柄に手を入れ、ふらふらと立ち上がった。支えにしていた剣を引き抜いた京に肩を貸しながら、輝夜は顔を覗き込む。


「京くん、大丈夫?」

「……なんとか」


 深々と息を吐きだした京は、額に手を当て、軽く首を横に振る。


「記憶は辿れたか?」

「うん。さっきの魔族の記憶、かなりあったから疲れたけど」


 魔王城までの道や、城内の簡単な構造はわかったらしい。ついでに、輝夜の【色欲】はきちんと効果があったことも、記憶を辿ることで判明した。


 知能の差なのか、ゴブリンキングに比べて、確認できた記憶の量は多く鮮明で、情報として有効なものも多いという。その上、魔力も圧倒的に多く、今迄吸収してきたものとは比べ物にならないようだ。


「道は地図通り」


 今は、と説明しようとした京に、鏡花がさっと地図を差し出す。予定外の事態に道から逸れていたものの、すぐに戻れる程度の場所らしい。


「問題は、城にはかなり魔族がいるってこと」

「数は?」

「純粋に王城と同じくらいかな。ただ、魔王がいる限り周囲の魔族は強くなるし、新しい魔族も生まれやすいみたい」


 輝夜の【色欲】で魔族も洗脳できるとはいえ、全てに洗脳を掛けて回って行くわけにはいかない。京が【強欲】で吸収、自己強化に充てるとしても、記憶が鮮明すぎると京に負荷が掛かる。

 ある程度は必要だが、何度も使える手ではない。


「……取り敢えず、魔族は魔王の劣化版で、魔獣は魔族の劣化版、って考えればいいの?」

「大体そうみたい。王国側に攻め込んでるのは、今のところ魔獣だけ」

「なら、ゴブリンとかも魔獣の扱いなんだ」

「知能が低くて、核がないなら纏めて魔獣って括りみたいだよ」


 魔石がある、魔力濃度が高くて知能も高いものが魔族。それ以下が魔獣らしい。ゴブリンキングを含めた魔石を持つものは魔族で、類似種の魔獣を従える能力が高い、のだろうか。


 それとも、魔獣たちの中で最も強い個体が魔力をため込んだ結果、魔族になるのか。よくわからないが、魔石の有無は強さに直結する、ということは理解できた。


「さて、と……」


 京がしゃがみ込み、地面に落ちたままだった魔石を拾う。ぐるぐると内部で黒いもやのようなものが揺らめいている、独特な紫色の魔石。


 それを軽く上に放り投げ、受け止める動作を繰り返しながら、京は言う。


「この状態だと、魔族を倒しきれてないらしくて」

「どういうことだ?」

「肉体が一時的に消えただけ、っていうのかな?」


 【強欲】スキルにより、魔力や記憶を全て奪った形ではあるが、魔族としては死んでいないらしい。魔石__核が残っている限り、新たに魔力を溜めることができれば、再び肉体を取り戻すことができるのだという。


 魔王を倒す際に、封印までしなければならない理由が、これだ。今の魔族は、全ての記憶を京に奪われた状態なので、復活したところで記憶喪失となる。


「なら、魔王も記憶と魔力を奪ったら解決しない?」


 輝夜の疑問に、京は難しいだろう、と首を横に振る。


「多分、無理だと思う。この魔族、人間に会ったことないのに、人間への憎悪が凄かったから」

「魔族の本能として、人間を嫌悪する可能性が高いか」


 最初から人間への敵意が備わっていたような感覚らしい。見たこともなく、大して知らないものの、根絶やしにしなければという意識がある、刷り込みに近い状況だと。


「そうか。で、結局、この魔石はどうするつもりだ?」

「それは勿論……」


 ぽい、と京は御門に向けて、魔石を軽く放った。多少眉を顰めながらも、難なく受け取った御門が小さく溜息を吐く。


「御者はどうする」

「僕が代わるから、黛くんも試しておいてほしい」

「賛成。ぶっつけ本番で失敗したら目も当てられないよね」

「失敗した時点で命がないかもだけど……」


 本当に、魔王を核を露出させたとして、浄化できなかったら負けである。一回やれば警戒されるだろうし、二回目はないと考えた方が良い。本当に予定通りできるか含め、確認は大切だ。


 三人が、じっと御門を見つめる。御門はやれやれと溜息を吐き、馬車に向かって歩き出す。荷台に乗り込み、布類を手繰り寄せ、遅れて乗り込んだ三人にもよく見えるよう、魔石を持ち直して、言った。


「俺が寝ている間に、予定通り進んでおけよ」


 瞬間。魔石の中の、黒いもやが消えた。

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