57.魔獣と魔族
たてがみの代わりに蒼い炎を靡かせた馬が、足を止めた。鏡花たちは無言で頭を下げ、馬上の存在の動向を窺う。
コホン、とわざとらしい咳払いをしてから、それは声を掛けてきた。
「おい、お前たち__」
「【色欲】」
一足先に顔を上げた輝夜が、そう告げる。少し待ってから顔を上げると、馬上の人物__青白い肌をした細身の女性は、ぼうっとした瞳で輝夜を見つめていた。
成功だろうか。顔を見合わせるが、輝夜は曖昧に首を横に振る。鏡花たちが考える中、女性は鳥の魔物と鏡花達を見比べ、目を見開いた。
「……この魔獣は、お前たちが狩ったのか?」
敵意は感じないが、洗脳がどの程度の効果なのかわからない。輝夜以外、下手に口を出すべきではないだろう。
そう視線でやり取りをして、頷いた輝夜が口を開いた。
「うん。だって、それがオレたちの仕事だから」
「そう、だな。そうだった」
何度も小さく頷く女性。どうやら、此方を味方として認識したらしい。馬から降りて近付いてきた。
洗脳はしっかりと掛かっているが、今迄と違って服従する様子がないのは、スキルを使った時に輝夜が動揺していたからだろうか。
ひとまず確認は後回しにして、なるべく情報を引き出したい。輝夜も同じことを思ったらしく、笑顔で女性に質問をする。
「それで、君はどうしたの?」
「私も、狩りの最中で……。ステュムパリデスは、魔獣の中でも貴重な資源だからな。墜落の調査も必要かと思って、此方に向かって……」
ということは、この女性は別種族の魔物を食べるのだろうか。それとも、わざわざ『魔獣』と言っているのだから、この女性と鳥の魔物は決定的な違いがあるのか。
少しの会話だが、疑問は増えるばかりだ。
「一匹、焦がしてしまったけれど、使えるかな?」
「問題ない。翼、羽、爪は青銅だ。表面が焼けただけなら使えるし、内部の肉も無事だろう」
「そっか。良かった」
せめて解体を手伝おう、と女性は大きめのナイフを取り出す。輝夜の隣に座り込み、解体を始めた女性の手際は素晴らしく、先程、青銅だと言っていた羽を簡単に切り裂いていた。
「それにしても、素晴らしい腕だな。流石は、上級魔族だ」
可食部が多く残っているうえ、素材部分にも傷が少ない、と上擦った声で言う女性。
四人は『魔族』という単語に目を瞠ったが、すぐに表情を引き締めた。御門が小さく促し、輝夜に会話を続けるよう促す。
「いや、そうでもないよ」
「最近、魔獣が増えたからな。本当に助かる」
「オレは完全な上級じゃないけど……」
「それはすまない。城付近に残っているのなら、上級かと思ってな」
私も中級だと笑う女性に、大丈夫だよ、と輝夜は顔を横に振った。
「そんなに、魔獣は増えているの?」
「人間どものせいで、な。新しい魔王も生まれた以上、仕方がない」
最近の魔獣どもは見境なしに襲い掛かるから困る、と女性がぼやく。恐らく、知能の有無で『魔族』と『魔獣』は違うのだろう。
「人間が魔獣を間引いていくれたら楽になるかな?」
「根絶やしにした方が、根本的な解決になるだろうな」
魔王の傍には『魔族』、それも上級しか残っていないとなると、見張りの突破も簡単にはいかないかもしれない。嫌な情報だが、事前に知れて良かった、と鏡花は小さく息を吐く。
まだ聞きたいことが多いが、随分と手慣れている女性のお陰で、解体は既に終わってしまった。
「……かなりの量になったな。四人で持ち帰れるか?」
さて、どうするべきか。現時点、この女性は洗脳のお陰で疑いを持っていないが、解除した後のことがわからない。
一定以上の知能ある生物に試したことがない以上、安全策を取るべきだが、付近の女性の仲間がいるなら、戻って来ないことを怪しまれる。
御門が片手を小さく動かす。すると、京が腰元の剣に手を掛けた。女性は未だ輝夜と二人、座り込んだままで無防備な背中を晒している。
「うーん。量は問題ないけど……」
「良かった。私の相棒は荷運びには向いていないからな。捨てていくには惜しいと思っていたところだ」
単独行動中、ということだろう。無言で京が歩き出す。静かに、女性の背後へ。
「オレたち、見回りだけの予定だったから、運び先を聞いてなくて」
女性と馬の魔物は距離が空いている、とはいえ、油断はできない。御門が馬の魔物の正面に移動し始めた。この位置なら、御門の【傲慢】で動きを止められるだろう。
「城に持ち込むべきだろう。私も戻る予定があるから、一緒に行くか?」
ありがたいことに、女性は、城の位置をきちんと知っているようだ。後で、地図との整合性を確認するべきだろう。
「ううん、大丈夫。道は分かるから」
「そうか」
「あっちだよね?」
輝夜は、そう言いながら斜め前を指差した。馬の魔物とは、反対を。
「いや、違う。城があるのは__」
その言葉は、最後まで告げられることなく。
「【強欲】」
剣を振り下ろした京が、短くスキルの使用を宣言した。




