55.潜行
太陽が頂点に達する時間帯。壁の外に新たな魔物が現れることなく、子供たちもすっかり元気に遊べるようになったことで、街はさらなる盛り上がりを見せていた。
大人たちに囲まれていた勇者一行も、花や綺麗な形の石など、思い思いの宝物を片手に礼を述べに来る子供たちに囲まれ、ようやく自分たちの功績を実感したように見える。
「本当、お祭り騒ぎだね」
馬車の後ろから街の様子を伺う輝夜が、目を細めながら言う。勇者に夢中の住民たちは、誰も此方を見ていない。
「好都合だ」
「宿で鉢合わせなくてよかったよ……」
御者台に乗る御門と京は、念のため顔を隠していたものの、その必要もなさそうだ。先導するルセロも、周囲の様子を伺うことは無く、堂々と歩いている。
「あ、門が見えてきた」
馬車から門が見えるようになったところで、重厚な門がゆっくりと開き始めた。音を立てないように、馬車が止まらず通り抜けられるように、一台分だけの隙間を作っていく。
先導していたルセロが道の横に避け、横を通り過ぎるタイミングで、頭を下げた。
「私は此方で失礼します」
此処から先は、魔王の支配域。安心して過ごせる拠点や、金銭的な援助などは、この先は無い。鏡花は、ルセロと、この場にはいないアイベルクに対して頭を下げる。
門の影を通り抜けると、街の中の陽気な声は遠く、強い風の音にかき消されていく。ゆっくりと動く門が完全に閉じるまで見送った鏡花は、自身の胸元に手を当て、小さく息を吐きだした。
「さて、此処からだが」
ガタゴトと、舗装されていない道により揺れる馬車の中にも聞こえるように、御門が声を張り上げた。
「食料は最低限しかない。一直線に魔王城を目指す」
異論はあるか、との問いに、鏡花達は首を横に振る。
「それはいいけど……」
馬車への積載量や野宿による体力気力の消耗、勇者達の行動を考えると、最短距離を走るのが正解だ。
しかし、別の大きな問題がある。
「どうやって魔王を倒すつもり?」
正直、鏡花達では火力が足りない。魔王は魔力の塊で、魔法や物理攻撃は無効。勇者の【正義】スキルなどの攻撃により魔力を切り裂き、聖女の【信仰】で浄化することが必要だ。
浄化に関しては、御門の【怠惰】スキルで可能だろう。そこに関しては、王都で一角ウサギと戦った際にルセロから聞いているので心配ない。
「相手が一人とは限らないよね」
「不意打ちするにしても、核まで届くか……」
魔物を生み出す亀裂とは違い、相手は魔王だ。反撃や回避もしてくるだろう。それに、城には当然、今迄の比ではない数の魔物がいる。魔王の傍にも、警備の魔物が数名いるだろう。
「警備に関しては、勇者達が出立すれば多少マシになるだろう」
勇者が国境を越えれば、魔王側からすると領地防衛戦に切り替わる。侵攻戦とは違い、勇者たちが通る可能性のある複数個所を守る必要があるぶん、戦力は分散するだろう。
「最速で魔王城に侵入して、一番警備が薄いタイミングを狙うしかない、か」
「あいつらが城に到着する頃には時間切れだろうな」
城の防備が固められる前。国境を出た知らせが、魔王城に届く直後が良いだろう。今は疲れを癒している勇者たちだが、戦いが落ち着いた国境に長居するとは思えない。
「行く途中も、見つかるわけにはいかないし」
「その時点で奇襲はご破算だな」
「敵からしたら斥候役でも、僕達には強敵だからね」
鏡花達の実力とスキルでは、今更戦闘経験を積んだところで無意味。見敵必殺、斥候役を倒せばいい、とは言えないのだ。
一発勝負だ。しかし、他に方法が無い。魔王を倒すだけが、鏡花達の目的ではないのだから。
「強行軍だねぇ」
輝夜がぼんやりと遠くを眺めながら言った。舗装されていない道をかなりの速度で走り続けるとなれば、馬車の揺れも酷い。今から気分が沈むのは理解できる。
「言っておくが、蓬莱は極力、その辺のものを食べてもらう。狩りや魔獣の迎撃は、眞金に任せる」
そこに、御門がさらなる追い打ちをかけた。他の三人が顔を見合わせ、少しの沈黙が流れる。
ギャアギャアと耳障りな鳥の声がやけに大きく聞こえ、荒れた道を進む馬車が一際大きく跳ねてから、鏡花が眉を下げながら口を開いた。
「うん、わかった。でも……」
「言葉だけ聞くとただのイジメだよ、それ」
「流石に言葉が悪いと思う」
輝夜の【悪食】は食べたものに対して発動する。そのため、魔力の多い環境で育った周囲の動植物を食べることで戦力強化にはなるだろう。
御門は馬車の操縦があるし、京は【強欲】スキルの関係上、魔力は使った分だけ目減りする。鏡花の【嫉妬】以外に、消費無しに使える攻撃手段が無いのだ。
「武器で援護はするから」
安心してね、眞金さん。そう言ってくれる京に、鏡花は小さく頷き返す。
空気が緩んだところで安心したのか、輝夜が頑張ろ、と笑顔を浮かべて馬車の後ろから顔を出した。
「足止めは嫌だけど、なるべく違う種類の魔物食べた方が良いよね」
そう言った瞬間、馬車に影が掛かった。




