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54.没頭

 宿に戻り、他の二人が部屋へと真っすぐ向かう中、鏡花は一人で受付へ向かう。すると、受付に立っていたのは店主ではなく、第二王子アイベルクの側近、ルセロだった。


「お久しぶりです、キョウカ様」


 恭しいお辞儀をするルセロは、何も言われなければ宿の従業員としか思えない。だが、王都にいるはずのルセロが国境にいるということは、アイベルクは勇者たちの勝利を知って即座に指示を出したのだろう。


 もしくは、勇者たちの勝利を見越して、ルセロを派遣していたか。どちらにせよ、御門の心配していた事態は避けられたらしい。


「そろそろ、ご出発と伺いました」

「はい。できれば、今日中に」

「不要なお荷物は、部屋に置かれたままで構いませんよ」


 話が早い。これで買取交渉の手間は無くなった。寧ろ、部屋に追加の保存食が置いてありそうなほど、至れり尽くせりである。


 後は、馬のくらいだろうか。鏡花がそう思っていると、ルセロは懐から手紙を一通、差し出した。封蝋は無いが、華やかな香りが染みついた紙。アイベルクからだろう。


「お預かりしていたものです。お部屋でご確認ください」

「わかりました、ありがとうございます」

「宿を出られる際はお声がけください。裏口を開けますので」


 裏口から出て、アイベルクの関係者が見張りの時間に城門から出る作戦なのだろう。鏡花は小さく頷き、手紙を胸にしまって部屋へと向かう。


 ひとまず、御門たちにもルセロの事を伝えなくては、と扉の前まで戻ったところで、人影が立っていることに気付いた。


「あ、眞金さん」

「八月一日くん。挨拶は終わったの?」


 鏡花の問いに、京は小さく頷く。


「忙しそうだったし、本当に声掛けただけだったよ。準備の方は?」

「それなら、中で二人が……」


 言いかけたところで扉が開いた。声が聞こえていたのだろう。顔を出した輝夜は、にこりと二人を招き入れながら、パンパンになっている鞄を指し示した。


「食料の準備はバッチリ。後は……」

「置いていく商品の選別もしてある。八月一日、最終確認をしてくれ」


 それで、と視線を向けられた鏡花は、御門が口を開くより早く、胸元から手紙を取り出しながら答えた。


「買取に関しては、部屋に置いて行けば大丈夫」

「早いな」

「頼んだ相手、ルセロさんだったから……」


 御門が目を見開く。が、すぐにその目は細められた。話が早くて丁度いい、と口の端が片側だけ持ちあがる。


「で、それが第二王子様からか」

「そうみたい。内容は……」


 他の三人に断ってから開封すると、印刷用の文字に近い、読みやすい字が並んでいた。内容は、国境から魔王の城までの行き方、必要と思われる物資の支給、そして、判明した帰還魔法陣に関するものだった。


「地図と馬車……、馬は、訓練をしているから連れていけ、か」

「馬車に積んであるのは助かるけど、本当に良いのかな?」

「城まで歩いて、野宿が続けば体力も落ちる。割り切ろう」


 御門、輝夜、京が考え込む中、鏡花の視線が釘付けになったのは、手紙と一緒に入れられていた三枚の書類だ。


「帰還魔法陣と、比較用の召喚魔法陣、必要魔力量の調査結果……」


 比べてみてみると、確かに帰還魔法陣と召喚魔法陣は一致している箇所が多かった。必要魔力量に関しては、予想通り、王宮所属の魔法使いや神官たちが年単位で魔力を溜めてやっと発動できるものらしい。


「魔王を倒した時の魔力を使わない限り、帰還は難しい……」


 労力を掛けて呼び出した勇者を、魔王討伐が終わったからと帰らせる理由は無いだろう。帰還方法はないと引き留め、有効利用するとしか思えない。


 ちらり、と御門たちの様子を伺うと、まだ魔王城までの道のりの確認をしている。しばらく時間が掛かるだろう、と鏡花は荷物から『魔法陣入門』を取り出し、後ろの索引ページを開いた。


「魔法陣の基本構成、空間に関する魔法陣、伝承の魔法陣」


 コンロを修繕したときも思ったが、回路図に近いように思える。帰還と召喚、どちらも似た図形が使われているので、それらが座標、対象、転移を意味しているのだろう。帰還と召喚で順番が逆になっているところが、座標だろうか。


「回路とプログラミングを混ぜた感じかな……?」


 帰還と召喚に、幾つか、図形が違う部分がある。そういえば、勇者として召喚されたのは高校生たちで、鏡花は巻き込まれた形だった。魔法陣によって対象が固定されているのなら、その辺りの記述もあるのだろう。


 逆に、帰還に追加されている図形は、座標に関するものだろう。召喚した直後の時間に戻れるようにしてあるとすれば。ふと、鏡花の頭に、ある考えが浮かぶ。


 ぺらり、と索引ページを開き直す。目当ての単語を探し、小口に指先を掛けたところで。


「眞金」


 声を掛けられ、視線を上げた。ぱちり、と瞬きの音が聞こえる。思ったより、目が乾燥していたらしい。


 そんな鏡花に、目の前の人物は呆れたように溜息を吐き、言った。


「__準備は終わった。出発だ」

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