53.宴の裏で
魔物達が跡形もなく消えた瞬間、城壁の上に控えていた騎士や魔法使いたちから歓声が上がった。
仲間と抱き合い、拳を打ち付けあい、そして、勇者たちを称え迎え入れるために城壁から降りていく。
ゆっくりとサンドイッチを食べ終わった鏡花は、城壁の上に他の人間が残っていないことを確認した。
そして、階段ではなく、魔法使いたちが使っていた櫓へ向かう。
「鏡花ちゃん、何見てるの?」
次いで食べ終わったのだろう、輝夜が鏡花を追ってきた。横に並んで歩きながら放たれた問いに、鏡花はにこりと微笑み、目当てのものを指差す。
「魔法陣?」
「そう。同じような魔法ばっかりだったから気になって」
輝夜と一緒に、聖騎士や勇者について前線へ出た際、城壁上から放たれる支援魔法は風が多かった。
岩などは重くて飛距離も出ないだろうし、味方への被害を避けることを考えれば自然だが、全員が同じ魔法を使えるとは限らない。
賢者は巨大な赤い魔法陣で炎の矢を使ったが、他の魔法使いが使っていなかったのが気になったのだ。
「それに、賢者が炎を使った時は魔法陣が出ていたけど、風を使った時は見えなかったから」
「魔法陣で使う魔法を統一してるのかも、ってこと?」
「たぶん」
魔法陣は、魔石などから魔力を供給すれば描かれた紋様に従って魔法を発動させる。一方、魔法を使う際に毎回魔法陣を描いているのでは実践向きとは言い難い。
恐らく、個人ごとに得意な属性があり、魔法を使用する際は体そのものを回路とするので複雑な手順はいらない。
そして、得意属性以外の魔法を使う時は、魔法陣を経由しないと使えないのではないか。
「予想だから、一応、スケッチしておきたくて」
櫓付近に攻撃用の魔法陣、恐らくは風属性のもの。そして、結界を張るための魔法陣も、城壁上のどこかにあるはずだ。
「じゃあ、オレも探すね」
「ありがとう。見つけたら教えて」
輝夜に絵心はない。本人もう自覚があるのか、任せて、と親指と人差し指を丸めOKサインを作る。
「鏡花ちゃん、久々に楽しそうだしね」
「そう、かな?」
「うん」
そうかもしれない。メモ紙に魔法陣を描き写しながら、御門との会話を思い出す。
魔法陣を調べたところで、賢者のように魔法を使うことができなくても。自分ができることは増えるはず。
必要に駆られた訳ではない勉強は、楽しい。元々、そうだったことも忘れていた。
「あ、こっちもあった。違う模様だよ」
城門下から、一際大きい歓声が聞こえる。勇者たちが戻ってきたのだろう。あまり遅れては、訝しむ人も出るかもしれない。
複雑な部分は書き込まず、メモだけを残して階段へと向かう。階段を下る足取りは、登りよりもずっと軽くなっていた。
「わ、凄い」
「盛り上がってるね」
城門下では、既に勝利を祝う宴の準備が進んでいた。勇者一行は広場の中央で囲まれているのが見える。
入れ替わり立ち替わり、次々と人々が勇者たちと話をしているようだ。私たちも挨拶に行くのかな、と思っていると、御門は京の肩を叩く。
「八月一日に挨拶を任せる」
「わかった」
残りは宿に戻るぞ、と歩き始める御門の横に、輝夜が小走りで並んだ。もう少し説明してよ、と咎める瞳に、軽い溜息だけが返した。
「オレたちは?」
「支度だ。早々に出るぞ」
「連絡は取らなくていいの?」
ここから先は、国から出て魔王の支配下が濃い場所に向かうことになる。
勇者たちを出し抜くことが重要とはいえ、協力者である第二王子アイベルクに連絡を取らなくていいのだろうか。
「そのくらいの情報網はあるだろう」
泊まっている宿は、アイベルクの息が掛かった場所だ。当然、前線の様子も把握しているだろう。
逆を言えば、今の情報__勇者たちによる逆転劇を把握していないようなら、今後の協力も期待できない。
「勇者たちとの実力差を考えると、時間との勝負になる」
王都からの出発はほぼ同時でも、この街に到着したのは勇者たちが一日早かったことを思い出す。大量の兵と物資を伴い、時間のかかる行軍だったというのに、だ。
そう思うと、今回も最低1日以上。できれば、数日は先んじて出発しなければ、鏡花たちの到着前に魔王との戦いが終わる可能性が高い。
理解した鏡花と輝夜が小さく頷き、カツカツと石畳を叩く音が早まる。並行して、宿に戻ってからの段取りを御門に確認しはじめた。
「荷物はどのくらい積む?」
「此処からは歩きだ。最低限の食料と武器以外は置いていく」
よく訓練された馬とはいえ、魔王の城に近付けるとは限らない。また、目立たないためにも、歩きで進んだ方がいいと判断したのだろう。
「宿屋で引き取って貰えるか、確認しようか?」
「そうだな。頼む」
「うん」
カモフラージュの為に積んでいた商品や、此処まで付き合ってくれた馬を放置していくのは忍びない。
宿屋の主人であれば、事情も把握しているだろう。食糧の選別は輝夜がする方がいいので、鏡花が対応した方がいい。
役割分担を決めたところで、ちょうど宿が見えてくる。三人は互いを見ることなく、各々の役目を果たすべく、無言で足を進めた。




