50.もう一つのスキル
聖女が救護所を後にして、しばらくのち。ようやく空が白みだした頃、救護所は落ち着きを取り戻し始めていた。
「軽症者の治療、終わりました……」
「回復師は各班一人ずつ、交代で仮眠をとってきてくれ」
「はい……」
御門の指示に、回復師たちが目をこすりながら移動して行く。魔物達による戦線崩壊から一晩、どうにか死者なく乗り切った回復師たちは、顔色は悪いが表情は明るい。
そろそろ、勇者たちが亀裂を消滅させるべく、動き始める頃だろう。既に完治した軽症者のうち数人は、じっとしていられないと作戦に参加しに行った。
既に救護所を出ていった軽症者たちのベッドを片付けていた輝夜も、仕事が一段落したらしい。肩を回しながら御門と、隣で手伝いをしていた鏡花の方へと向かってくる。
「御門くん、次は?」
輝夜の言葉に、御門は眉間を指先で押しながら答える。
「食事を作ってくれ。余裕があれば俺達の分も」
「了解。食べたいものある?」
「軽くて目が覚めそうなもの」
「無茶言うなぁ……」
なら何でもいい、と返す御門の声には覇気がない。ただでさえ徹夜で指示出しをした上、何回かスキルも使っていたため、眠気が限界なのだろう。
今にも落ちそうな瞼を無理矢理開いているせいで、人を射殺しそうなほどに人相が悪い。
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、蓬莱くん。僕も行くよ」
輝夜と京が料理を作りに行ってしまったので、鏡花が別の仕事をすべきだろう。救護所を見渡して、鏡花は水桶に目を止める。
「水汲みに……」
「眞金はいい。力のある奴にやらせておけ」
それより、治療記録の整理をしてくれ、と言われて鏡花は小さく頷く。一気に治療を行ったため、記録用紙は床に散らばっているものもあり順番もぐちゃぐちゃだ。
「わかった」
鏡花が水汲みに行ったとしても、騎士たちが運ぶよりも効率が悪いだろう。それなら、誰がやっても同じ雑用をこなした方が良い。
まずは、近くのものから拾い集めて、次に順番を整理して。鏡花は順序を考えながら、床の用紙を拾おうと屈む。
「……眞金?」
この辺りの紙は集め終わったのに、鏡花は中々立ち上がれない。どこかが痛いわけではないけど、床から視線が外れない。顔を合わせたら、歪んだ表情を見せる気がして、上を向けない。
「どうした?」
このくらいの、簡単なことしかできないのに、さっさと動けないなんて、足手纏い以外の何者でもない。
「……ううん」
ああ、嫌だ。
息が浅くなる。喉が圧迫されているように苦しい。心臓が、ヂリヂリと灼けるような痛みを訴える。
鏡花は軽く頭を横に振り、口の端を笑みの形に歪めながら、御門に記録用紙を渡す。
「ちょっと、読んでただけ」
下手くそな言い訳を添えて差し出した資料に、御門の視線は向けられなかった。
「……眞金、それは」
咎めている訳ではない。純粋な、心配の色を含む声音。そして、視線が向かった先。
「え……?」
鏡花の胸元、心臓のあたりに、緑色の焔が揺らめいていた。反射的に手で押さえるも、実体がないのか、鏡花の手をすり抜け炎は揺れる。
「手は……」
「だい、じょうぶ。熱くない……」
焔を覆い隠すように、ぐ、と胸元を手のひらで押さえると、胸の痛みが幾分か和らいだ気がする。
「念のため、手を」
そんな鏡花の手に重ねるように、御門がその手を伸ばす。が、炎の先端が指先を掠めると、御門は素早く手を引いた。
「……熱いな。本人には影響がないのか?」
顔を顰め、手首から先を振りつつ、御門が呟く。鏡花は慌てて御門の手を取り、怪我を確認しようとするが、反対の手で制された。
「大したことはない」
それよりも、と御門は鏡花を真っすぐに見た。鏡花は思わず、半歩足を引く。
「スキルか?」
この焔が、スキルによるものなのか。御門の問いに、鏡花は歯切れ悪く答えた。
「…………多分」
確信はない。鏡花のもう一つのスキルは、【無感動】と違って詳細不明だ。それに、と鏡花は視線を落とす。
この焔が、鏡花のスキルによるものならば。発動させる意図なく、スキルが発動したのならば。その原因は、恐らく。
「……【嫉妬】、か」
御門の言葉に、鏡花の肩が小さく跳ねた。わかりきっていた、もう一つのスキルを声に出されたからではない。
「眞金、お前、誰に嫉妬した?」
御門の、金を帯びた鋭い瞳が鏡花を貫く。
「……誰、と、言われても」
否定はできない。意味がない。でも、誰に嫉妬しているのか、鏡花自身にも曖昧で。答える声に呼応するように、胸元の焔が大きく揺れる。
「聖女か?」
「あ……」
鏡花の胸に、鋭い痛みが走る。反射的に身を屈ませ、そのまま床に崩れ落ちかけた鏡花の肩を御門の手が掴む。
「当たりか。後は状況的に、蓬莱と八月一日……」
ふ、と鏡花は浅く息を吸う。輝夜と京の顔を思い浮かべると、少し、痛みがマシになったのだ。
「……二人は、そこまでではないか」
鏡花は息を整え、御門の顔を見上げるも、御門の視線は鏡花の胸元、勢い衰えぬ緑の焔に向けられたままだ。
「なら、一番嫉妬している相手は……」
そうだ、彼は、元々こういう人だった。
「知ってる癖に__!!」
鏡花の声自体は、決して強いものではない。しかし、喉の奥で消えてしまいそうな、か細く、絞り出すような声は、はっきり御門に届いたようで。
「ああ、そうだな。すっかり大人しくなったから忘れかけていたが……」
目の奥が、熱い。緑の光で、視界がチカチカ明滅している。そんな、鏡花の視界の真ん中で、御門は口の端を吊り上げ、大層愉快そうに告げる。
「俺を含め、自分より上の奴、全部超えようとする。……変わってないな」




