47.崩壊
__勇者が戦線に参加して、一週間目となる節目の日。
日々、戦線を少しずつ押し上げ、魔法で援護すべく城壁上に待機していた兵の半分が下に降りて攻撃に参加し始めた、その時だった。
何度も大技を放ち、疲弊が見え始めた勇者を気遣い、騎士たちが休憩を促した直後の出来事であった。
今迄、ただ無秩序に、まっすぐに向かってきていたはずの魔物達が、突然流動的に動き出し、突出していた騎士たちの側面に攻撃を仕掛けたのである。
「何!?」
正面から押し寄せるのは、壁のような巨人たち。騎士たちの多くが硬くしぶとい巨人に掛かりきりになっている隙を突き、素早い動きが得意な獣型の魔獣が回り込んできたのだ。
足に嚙みつかれ、横から突進され。一人、二人と地面に倒れる音がする。
「奇襲……!!」
「鏡花ちゃん、早く逃げないと……!!」
動揺し、視線が下に向いたところで、鳥型の魔物達が一斉に襲い掛かる。後ろから魔法使いたちが対処しようにも、混戦している状況だ。城壁に残っていた者たちが対抗しようにも、下手に規模の大きい魔法を撃てば、味方を巻き込んでしまう。
その上、魔法使いたちは騎士に比べ防御が薄く、接近されれば魔物に対抗する術を持たない者が大半だ。慌てて逃げだすも、防衛のために道幅は狭くなっており、思うようには撤退できない。
当然、後ろの魔法使いたちが退くまで、騎士たちが退くこともできず。城壁の上の魔法使いは、味方を気にして上空の敵を撃ち落とせない。そうしている間に、幾つかの影が城壁の上を越えていき、魔法使いの意識が逸れる。
「早く下がれ!! 【堅固】!!」
前線に残っていた聖騎士を中心に殿を務めるものの、戦線は横に長く広がっていて、全ては防ぎきれない。勇者に伝令を走らせたところで、人の流れに逆行して出てくるのは不可能だ。
「逃げたら、一気に崩れる」
じわじわと、焦りと恐怖が蔓延していく。次々と聞き覚えのある悲鳴が聞こえ、指先から体の芯まで冷えていく。街から上がる数本の煙が、危機感を更に煽っていく。
濃厚な死の気配に、少し前まで浮足立っていた兵たちが、全てを捨て、味方すら押しのけ逃げ出そうとする気配に、鏡花は後退る足を叱咤し、どうにか踏みとどまった。
今、誰か一人でも背中を向けて逃げ出せば、その感情は伝播する。隊列もなく逃げ始めれば、魔獣に足を止められ、巨人によって踏みつぶされる。
少しずつ、全体で下がって行く以外に、方法はない。だが、油断を誘い、奇襲を仕掛けるような相手が、救いの道を残すだろうか。
誰かが、そう呟いた。呟いた者は、思わずと言った風に足を止め、巨人たちの体の隙間、その向こうに見える『何か』を見つめているようだった。
鏡花は、半ば無意識に、その視線の先を辿って__同じように、足を止めた。
「黒い、亀裂……?」
真上から降り注ぐ日の光を拒絶するように、空間に刻まれた黒い亀裂。大きさは丁度、巨人の体躯より一回り大きいくらいだろうか。
亀裂からは、滔々と紫黒色の霧が噴き出し、淀み、そして、影ができるほど濃くなった霧は渦巻き、魔物の姿に変わった。
「魔物の、発生源……?」
鏡花は疑問に思うだけだったが、他の、多くの騎士にとっては違ったようだ。魔物が生み出される、その悍ましい光景に、とうとう緊張の糸は切れ。
一人の悲鳴を皮切りに、体の向きは反転した。
「逃げるよ!!」
一斉に走り出した集団に遅れなかったのは、腕を引き、走ってくれた輝夜のお陰だろう。もはや重りにしかならない武器を投げ捨て、足元の罠に引っ掛からないよう下を向いて足を動かす。
魔物に襲われるかどうかは、運だ。聖騎士と、賢者と、城壁の上まで逃げた魔法使いたちの援護を信じるしかない。逃げた先も安全かは保障が無いが、多分、ここにいるよりマシだ。
「……もう、少し、だけど」
亀裂から次々出てくる魔物は、数を増やす一方で、こちらの戦力は削れるばかり。最後尾の聖騎士が戻ってきたとしても、同時に魔物が雪崩れ込んで来れば門は閉められない。
賢者は上空の敵で手一杯。勇者は疲労困憊な上に、街の守りで手が離せないだろう。聖騎士と聖女では、敵を蹴散らすのは不可能。先に戻った兵士たちも、傷だらけで戦えるとは思えない。
足止めが得意なのは御門だが、近くに来ているかどうか。それに、子供になった御門を抱えて走る余裕もない。
全く以て、活路が見えない。気付いた途端に足は重くなり、視界が黒く染まりだす。頭が左右に振れて、次に出す足がどちらか、それすら分からなくなりつつ、門の影に入った瞬間。
「【強欲】からの……《アイスウォール》!!」
轟音と共に、ひやりとした空気が足の間を抜けていく。背中に張り付いていた、巨人の影が離れていく。鏡花達と同時に駆け込んできた魔獣は、いち早く気を取り直した聖騎士が切り伏せ、全員が門の内側に入った。
閉まり始める門の邪魔にならないよう、惰性で一歩、二歩と進んで。鏡花はゆっくり、地面に膝をついたのだった。




