46.高揚
その日は、本格的な戦闘が始まって以来、初めての大勝利を収めた。華々しい戦果に、勇者の護衛である騎士をはじめ、兵士や、街の人々も大いに喜び、豪勢な食事がテーブルに並んだ。
貴重であろう酒も、一人一杯だが配られており、あちこちで乾杯の声と勇者を称える言葉が聞こえる。
「お、悪いな」
「すみません」
最低限の見張りを残し、殆どの住人が広場に集まり楽し気にする中、鏡花は喧騒を掻き分け路地の端、人気の少ないテーブルに向かう。
水とコップ、鳥皿に、大皿料理が二種類だけ置いてある、静かなテーブルに座っているのは、鏡花が探していた三人だ。
「ごめんなさい、少し遅れて……」
「完全に人に流されてたね」
隣にどうぞ、と輝夜が引いた椅子に腰を下ろしたところで、御門が小さく咳払いをした。
「……今日一日、勇者たちに同行したが。どうだった?」
話を切り出した御門に、京も輝夜も、鏡花も揃って目を伏せる。御門が小さく溜息を吐き、一息にコップの水を飲み干した。
「救護所以外も状況は同じか」
「僕が見てる限り、どこも大盛り上がりだったよ」
城壁の上にいた京からは、前線も救護所も良く見えていたようだ。前線は勇者と聖騎士、賢者の力で魔物を押し返し士気は最高潮。一方、救護所も聖女の力により重傷者が瞬く間に完治し、感激する者が続出したらしい。
負傷していた者たちが戦線に復帰したことにより、更に士気は上昇。治療の効果を実感した者は怯むことも減り、結果、本来以上の実力を発揮することができたわけだ。
「あれ? 負傷者が多いから御門くんが行ったんじゃないっけ?」
「そうそう。だから、一人ずつ着いていくって話になったんだから」
確かに、負傷者が多く、聖女一人では回らないから手伝ってほしいという話だった。なのに、戦線復帰者が多く、士気が向上した理由はなんだろうか。
「負傷者の数はまだ多い。が、重傷者が減った。その分、回復師の手が空いた」
「え?」
救護所に到着してすぐ、聖女は意識もない重傷者を優先して治療したらしい。激しい戦いにより、自分の身の回りの事すらできない程の重傷者に、【博愛】スキルを使ったのだ。
「失った手足すら生える様は不気味だったが、効果は見ての通りだ」
重傷者につきっきりだった回復師が、別の負傷者に対して治療を行うことができるようになったのだ。重傷者の状態を悪化させないことが精一杯でも、軽傷程度は治せるものが大半だ。
「正直、救護所にいる大半は命に別状はない。少しの治療で復帰可能だ」
とはいえ、痛む箇所があれば、戦うことは難しい。聖女の力により、軽傷のものまで順番が回るようになったからこそ、劇的に状況が変わったという。
でも、それは。鏡花の視線に気付いた御門が、その通りだと頷いた。
「治療の優先順位を変えれば、聖女無しでもできることだ」
結果的に、重傷者を見捨てることになってしまっても。戦場全体を考えれば、被害を減らすことは可能だ。そのことを、御門が伝えていないはずはない。
「今は十分、治療は追いついているからな」
誰一人として、見捨てるようなことはしない。それが、聖女の意志だった。それは正しいし、素晴らしいものだと思う。御門だって同じだろう。
「問題ないなら、それでいい」
この勢いのまま、魔物の群れを倒しきることができるなら、何も問題はないのだから。
「思ってもないこと、言わない方が良いよ」
「思ってはいる。実現性は、低いだろうが」
だが。倒しても倒しても湧き出てくる魔物の群れに、今と同じ勢いを維持することは、本当にできるのだろうか。
鏡花は自分の体の前で、ぎゅっと手を握り込んだ。
勇者が道を切り開き、前に前に進むということは、作り上げてきた防衛線が機能しなくなるということでもある。道幅を制限した場所より前に出れば、簡単に魔物に回り込まれるようになる。
賢者を始めとした魔法による支援も、距離が遠くなれば難しくなる。そうなれば、前線の兵たちは疲弊していくだろう。勇者や聖騎士、賢者や聖女は強大な力を持つが、あくまで人間だ。戦い続けることはできない。
しかし、一度上げた戦線を下げるという選択はしにくいだろう。倒せるという希望が見えていれば、尚更。
「幸い、敵は秩序のない群れだ。早々崩れることは無いだろうし、今は攻勢に出ているんだろう?」
「……そうだね」
今は、状況が好転したことを祝う宴だ。鏡花達が暗い顔で憂いていては、折角上がった士気も落ちてしまうかもしれない。
鏡花が思っているよりも、勇者の力が強大で、明日にも魔物の群れを倒しきってしまうかもしれない。
「ひとまず、目立つことはせず、様子を見るしかないな」
戦いが長期化するようであれば、街の防衛は勇者たちに任せ、別のルートから進むことも考えられるが、それは最後の手段だ。しばらく、勇者たちからの信頼形成を優先すべきだという御門の意見に、残り三人も同意する。
しかし、大々的な勝利を収めた日から、僅か一週間。戦況は、あっという間にひっくり返った。




