【第477話:封じられたもの】
壁に刻まれた紋様を前に、ルーニーはしばらく黙ったまま立っていた。
杖の先から淡い光を放ち、刻まれた術式の一つ一つを慎重に確認している。
「……やっぱり、普通の術式じゃないね」
「何か分かったのか?」
「まだ何とも言えないよ」
ルーニーはそう答えながら、紋様の中央へ視線を向けた。
そこに刻まれた形は、確かにクロナの紋章と似ている。
ただし、完全に同じというわけではない。
「クロナ様の紋章と似ているのは間違いない」
「やはりそうか」
「でも、それだけで関係があるとは言えないね」
ルーニーは慎重に言葉を選んだ。
古代術式の一部が似ているだけなら、偶然という可能性も十分にある。
「ただ……」
「ただ?」
「この術式そのものが少し妙なんだよ」
ルーニーは杖を横へ動かした。
淡い光が術式の線に沿って走り、その構造が徐々に浮かび上がっていく。
「普通の魔法陣なら、魔力を外へ流したり、何かを発動させたりするための構造がある」
「この術式には、それがないのか?」
「ないわけじゃない。ただ、流れが内側へ向かっている」
イエガンは黙って術式を見つめた。
「内側へ?」
「ああ」
ルーニーは中央に刻まれた紋様を指した。
そこへ向かって、周囲から無数の術式が収束している。
「外から力を集めて、中央へ閉じ込めるような構造になっているね」
「何かを封じているということか?」
「その可能性は高いと思う」
ルーニーは頷いた。
だが、すぐに首を横へ振る。
「ただ、何を封じているのかまでは分からないよ」
「……なるほどな」
イエガンは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「クロナ様の紋章に似た術式が、何かを封じるために使われている……か」
「そこが気になるところだね」
ルーニーは僅かに目を細めた。
そして、術式の中央へさらに魔力を流し込んでいく。
すると、今まで見えていなかった細い線が浮かび上がった。
「……これは」
「何だ?」
「少し待って」
ルーニーはしゃがみ込み、床に刻まれた線を確認した。
その線は壁の術式から伸び、さらに奥へと続いている。
「術式が一つで終わっていないね」
「奥にも続いているのか?」
「そうみたいだ」
ルーニーは立ち上がり、線の先へ視線を向けた。
そこには石壁があるだけに見える。
しかし、杖を向けて魔力を流すと、壁の一部が淡く光った。
「……隠されているね」
「隠し通路か?」
「たぶん」
ルーニーが壁へ手を伸ばすと、古い石が僅かに震えた。
次の瞬間、壁の一部がゆっくりと沈み込んでいく。
その奥から、細い通路が姿を現した。
「進めそうだな」
「そうだね」
二人は周囲を確認してから、通路へ足を踏み入れた。
通路の壁にも、先ほどと同じような古い術式が刻まれている。
しかし、先ほどのものとは少しだけ構造が違っていた。
「……こっちの術式も封印系だね」
「同じものなのか?」
「似ているけど、少し違う」
ルーニーは一つの術式へ近づき、目を細めた。
「こっちは中央へ向かう力が強い」
「つまり、より強く封じている?」
「そう考えていいと思う」
ルーニーは術式を確認しながら、僅かに首を傾げた。
「でも、不思議だね」
「何がだ?」
「これだけ複雑な封印を、何重にも重ねている」
「それほど重要なものだったということか?」
「そうかもしれないね」
ルーニーはそう答えた。
だが、すぐに何かに気づいたように表情を変える。
「……いや」
「どうした?」
「重要というだけじゃないかもしれない」
ルーニーは術式の一部を指でなぞった。
「この術式、封じる対象そのものへ力を向けている」
「どういう意味だ?」
「普通なら、外側から何かを閉じ込めるように術式を組む」
ルーニーはそこで一度言葉を切った。
「でもこれは、封じたものの内側へ干渉するように作られているんだ」
イエガンの表情が僅かに険しくなる。
「内側へ……干渉する?」
「ああ」
ルーニーは術式を見つめたまま答えた。
「だから、単純に閉じ込めるだけの封印じゃないのかもしれないね」
「では、何のために?」
「それはまだ分からないよ」
ルーニーは首を振った。
そして、それ以上の推測をすることなく立ち上がった。
「今は、この先に何があるのかを確認しよう」
「そうだな」
二人は再び歩き始めた。
通路の先には、さらに古い術式が残されている。
その一つ一つを確認するたびに、クロナの紋章と似た特徴が僅かに見つかっていく。
しかし、それが何を意味するのかはまだ分からない。
ただ一つ確かなのは、この洞窟に残された術式が、何かを長い年月にわたって封じ続けているということだった。
そして、その封じられたものが何なのか。
その答えへ近づくために、二人はさらに洞窟の奥へと進んでいった。




