【第476話:古き術式の奥】
洞窟の奥へと進むにつれて、周囲の景色は少しずつ変化していた。
これまで見つかっていた痕跡も次第に減り、代わりに壁や床へ刻まれた古い術式が増えている。
イエガンは足を止めることなく進みながら、周囲の様子を注意深く確認していた。
その隣では、ルーニーが杖を片手に持ち、時折その先端から魔力を放っては周囲に残された痕跡を探っている。
「……どうやら、まだ先があるようだね」
ルーニーが前方へ視線を向けながら呟くと、イエガンも僅かに目を細めた。
二人の前には、これまで通ってきたものよりも明らかに大きな空間が広がっている。
その中央には崩れかけた石柱が何本も並び、周囲の壁には複雑な文字と紋様が刻まれていた。
長い年月によって表面はかなり風化しているものの、そこに込められた魔力だけは完全には消えていない。
「ここは……何かを行うための場所だったのかもしれない」
ルーニーは石柱の一つへ近づき、表面に刻まれた術式へ指先を伸ばした。
そのまま目を閉じると、僅かに流れている魔力を読み取るように意識を集中させる。
「魔力の流れが残っている」
「まだ術式が生きているのか?」
「完全ではないが、僅かに残っているようだね」
ルーニーは目を細めながら、刻まれた術式を一つずつ確認していく。
その表情は真剣で、普段以上に集中していることがイエガンにも分かった。
「何か分かりそうか?」
「まだ分からない。ただ、ここにある術式は今まで見てきたものとは少し違うな」
ルーニーはそう答えると、石柱の裏側へ回り込んだ。
そこには表からは見えなかった小さな刻印があり、周囲の術式とは別に一本の線が伸びている。
「……これは後から追加されたものだね」
「後から?」
「元々の術式とは魔力の質が違う。誰かが途中で手を加えた可能性がある」
イエガンはルーニーの横へ並び、その刻印を覗き込んだ。
古い文字の中に混ざるように刻まれたそれは、意図的に隠されていたようにも見える。
「誰が何のために追加したのかは分からないか」
「今のところはね」
ルーニーは短く答えると、杖を刻印へ向けた。
淡い光が杖の先から伸び、刻印の周囲をゆっくりと照らしていく。
すると、石柱の根元にあった別の紋様が浮かび上がった。
それは先ほどまで見えていなかった細い線によって、洞窟の奥へと続いている。
「……まだ術式が続いている」
「この先に何かあるということか?」
「その可能性が高い。少なくとも、この場所で術式が終わっているわけじゃない」
ルーニーは浮かび上がった線を追うように視線を動かした。
その先には石柱の間を抜けるように、さらに細い通路が続いている。
「なら、進むしかないな」
イエガンがそう言って歩き出すと、ルーニーもその後に続いた。
二人は周囲を警戒しながら、暗い通路をゆっくりと進んでいく。
しばらくすると、通路の壁に今までとは違う紋様が現れた。
ルーニーはそれを見つけるなり足を止め、杖を掲げながら慎重に近づいていった。
「……これは」
「何か見つけたのか?」
イエガンも横へ並び、壁に刻まれた紋様を確認する。
そこには円形の術式が描かれており、その中央には見覚えのある形が刻まれていた。
ルーニーはしばらく黙ったまま、その紋様を見つめていた。
やがて、その表情が僅かに険しくなる。
「……クロナ様の紋様に、少し似ているな」
「やはり、お前もそう思うか」
「ああ。ただ、似ているというだけだ。これだけでは何の関係があるのかまでは分からない」
ルーニーはすぐに結論を出すことを避け、紋様の周囲に刻まれた文字へ視線を移した。
一つずつ文字を確認しながら、その意味を読み取ろうとしている。
「だが、少なくとも調べる価値はある」
「そうだな。ここまで来た以上、分かるところまで調べておこう」
イエガンも頷き、周囲へ視線を向けた。
洞窟の奥にはまだ道が続いており、その先からは僅かな魔力が流れてきている。
二人はその場を離れず、まずは目の前に残された術式を詳しく調べることにした。
まだクロナの紋様との関係は何一つ分かっていない。
それでも、今回見つかった紋様がこれまでの調査とは違う手掛かりになる可能性は十分にあった。
二人は慎重に調査を続けながら、さらに洞窟の奥へと繋がる道を探していった。




