【第474話:黒い術式】
二人は木の陰から動かず、開けた場所の様子を慎重に観察していた。
中央に描かれた魔術式の周囲には、黒い石が一定の間隔で並べられている。
その奥には三人の人影があり、いずれも黒を基調とした長衣を身につけていた。
頭には深いフードを被っているため顔までは確認できないが、体格にはそれぞれ僅かな違いがある。
「三人か……」
イエガンが小さく呟いた。
ルーニーは返事をせず、魔力の流れを確認しながら三人の動きを追っている。
三人のうち一人が魔術式の中央へ近づいた。
細身の身体に黒い長衣を纏った人物で、腰には細長い杖のようなものを携えている。
「……何か始めるみたいだね」
ルーニーが声を潜めた。
その視線は人物ではなく、地面に描かれた魔術式へ向けられていた。
魔術式の一部が淡く光った。
すると、周囲に並べられた黒い石から次々と魔力が流れ始める。
「これは……」
ルーニーの表情が険しくなった。
先ほど森の中で感じていた魔力と、目の前の術式から流れる魔力が明らかに繋がっている。
「さっきの石と同じか?」
「うん。たぶん、あの石が魔力を集めてここへ送ってる」
イエガンは目を細めた。
これまで見つけた黒い欠片や、魔力を帯びた獣たちが、ようやく一つの線として繋がり始めている。
「じゃあ、あの獣たちもここから……」
「それはまだ分からない。でも、無関係とは考えにくいね」
ルーニーは慎重に周囲を見回した。
術式の周辺には獣の足跡がいくつも残されており、何度もこの場所へ何かが運ばれてきたことが分かる。
そのとき、黒い長衣の一人が顔を上げた。
フードの奥から覗く目が、森の外側へ向けられる。
「……気づかれた?」
ルーニーが小声で尋ねた。
イエガンはすぐに身構えたが、相手がこちらへ近づいてくる様子はない。
しばらくすると、その人物は再び術式へ視線を戻した。
どうやらこちらの存在に気づいたわけではなかったらしい。
「まだ動くな」
イエガンが小さく告げた。
ルーニーも頷き、もう一度術式の様子を確認する。
黒い石から流れ込んだ魔力は術式の中央へ集まり、そこで一度圧縮されたあと、さらに森の奥へ向かって流れていた。
その先には、二人がまだ確認していない場所がある。
「……ここが終点じゃない」
ルーニーが静かに呟いた。
魔術師としての感覚を頼りに、その先へ伸びる魔力の流れを追っている。
「まだ奥に送ってるのか?」
「そうみたい。ここは中継地点に近いと思う」
イエガンは一瞬だけ術式を見つめた。
目の前の三人を倒して調べることもできるが、それでは今後の手掛かりを失う可能性がある。
「なら、今は手を出さねえ方がいいな」
「僕もそう思う」
二人はその場から離れることにした。
まずは術式と黒い石の位置を覚え、魔力がどこへ向かっているのかを確かめる方が重要だった。
しかし、森を抜けるために身体の向きを変えた瞬間だった。
ルーニーが足元へ視線を落とした。
そこには小さな黒い欠片が落ちている。
先ほど拾ったものとほとんど同じ形をしていた。
「……これ、持っていこう」
ルーニーは周囲を確認してから、魔術を使って欠片を浮かせた。
直接触れることは避け、そのまま布へ包んで腰の袋へしまう。
「それで、十分な成果になりそうか?」
「うん。少なくとも、魔力の流れがどこから来ているのかを調べる材料にはなる」
二人は音を立てないように、その場を離れた。
黒い術式から十分に距離を取ったところで、ようやく足を止める。
「クロナ様へ報告するには、まだ早いな」
イエガンが森の奥を振り返った。
その目には、ここまで来たことで生まれた新たな疑問が浮かんでいる。
「この術式が何なのかも分かってねえし、あの連中が何をしてるのかも分からねえ」
「それに、魔力がさらに奥へ続いてる」
ルーニーも森の奥を見つめた。
先ほど見つけた場所は、どう考えても終着点ではない。
「だったら、もう少し調べよう」
「そうだな。ここまで来たんだ、途中で止める理由もねえ」
二人は再び歩き始めた。
まだ相手に気づかれていない今だからこそ、慎重に調査を進める必要がある。
森の奥には、黒い術式から伸びる魔力の道が続いていた。
その先に何があるのかを確かめるため、二人は足を止めることなく進んでいった。




