【第472話:連携】
最も近くにいた獣が地面を蹴り、鋭い爪を振り下ろした。
イエガンは半歩だけ身体をずらし、その攻撃を避けながら横から拳を叩き込む。
鈍い衝撃が獣の身体へ伝わり、大きな身体が横へ弾かれた。
しかし、他の獣たちは仲間が倒れるのを待たず、続けて二人へ飛びかかってくる。
「ルーニー、右を頼む!」
「分かった!」
ルーニーはすぐに右手を前へ突き出した。
その周囲にいくつもの魔術陣が浮かび、淡い光を放ちながら獣たちの前へ展開される。
次の瞬間、地面から複数の光の鎖が伸びた。
鎖は獣たちの足へ絡みつき、その動きを一瞬だけ止める。
「今のうちだ!」
「おう!」
イエガンが地面を蹴った。
そのまま一匹目の獣へ近づき、振り下ろされた爪を腕で受け流す。
獣の身体が大きく開いた。
その隙を逃さず、イエガンは拳を獣の腹部へ叩き込む。
獣が苦しそうな声を上げ、地面へ倒れ込んだ。
だが、その背後から別の獣が口を開き、鋭い牙を向けてくる。
「イエガン、後ろ!」
ルーニーの声と同時に、イエガンは身を低くした。
その頭上を光の矢が通り過ぎ、背後の獣へ突き刺さる。
獣の動きが止まった。
そのままイエガンが振り返り、拳を振り抜く。
「助かった!」
「そっちこそ、前だけ見すぎだよ!」
ルーニーは軽く笑いながら、次の魔術を展開した。
しかし、獣たちは先ほどの攻撃で警戒したのか、今度は距離を取りながら二人の周囲を回り始める。
「数が多いな」
イエガンが周囲を見回した。
倒した二匹以外にも、まだ複数の獣が残っている。
「無理に一匹ずつ倒さなくていいよ」
ルーニーは周囲を確認しながら、小さく息を吐いた。
それから地面へ手をかざし、先ほどまでとは違う形の魔術陣を展開する。
「まとめて動きを止めるから、前へ出ないで」
「分かった」
イエガンはすぐに距離を取った。
次の瞬間、地面に広がった魔術陣から強い光が放たれる。
獣たちは一斉に動きを止めた。
足元から伸びた魔力が身体へ絡みつき、逃げようとしても前へ進めない。
「今だ!」
「おう!」
イエガンは近くにいた獣へ向かって走った。
一匹ずつ確実に距離を詰め、動けない獣へ攻撃を叩き込んでいく。
しかし、その途中でルーニーの表情が変わった。
魔術を維持していた右手が僅かに震えている。
「……イエガン!」
「どうした!」
「一匹だけ、魔術を抜けようとしてる!」
イエガンが振り返った。
他の獣より一回り大きな個体が、身体へ絡みついた魔力を強引に引きちぎろうとしている。
「そいつは俺がやる!」
イエガンはすぐに方向を変えた。
獣も同時に拘束を振りほどき、大きな身体をこちらへ向ける。
次の瞬間、獣が地面を蹴った。
先ほどまでの獣より明らかに速く、重い突進が真正面から迫ってくる。
「イエガン、避けて!」
ルーニーが魔術を放った。
しかし、獣は攻撃を受けながらも勢いを止めず、そのままイエガンへ突っ込んでくる。
イエガンは避けなかった。
身体を低く構え、両腕を前へ出して突進を受け止める。
「ぐっ……!」
重い衝撃が全身へ伝わった。
足元の地面が削れ、身体が少しずつ後ろへ押されていく。
「さすがに、重いな……!」
獣はさらに力を込めた。
イエガンの腕には強い負担がかかり、長く受け止め続けることはできない。
「ルーニー!」
「分かってる!」
ルーニーは魔術媒体へ大量の魔力を流し込んだ。
その瞬間、獣の背後に複数の魔術陣が浮かび上がる。
「離れて!」
「任せた!」
イエガンは獣の力を横へ受け流した。
巨大な身体が僅かに傾いた瞬間、ルーニーの魔術が一斉に放たれる。
光の塊が獣の身体へ次々と命中した。
獣は大きく後ろへ弾かれ、地面を転がりながら木へぶつかる。
「今だ!」
イエガンが距離を詰めた。
まだ立ち上がろうとしている獣へ近づき、全身の力を込めて拳を振り抜く。
拳が獣の頭部へ叩き込まれた。
大きな衝撃とともに獣の身体が沈み、そのまま動かなくなる。
しばらくして、森には再び静けさが戻った。
イエガンは荒い息を吐きながら、周囲に残っている獣たちを確認する。
「終わったか?」
「たぶんね」
ルーニーも魔術を解除し、ゆっくりと周囲を見回した。
倒れている獣たちは動く気配を見せず、先ほどまでの緊張が少しずつ薄れていく。
「随分と連携が良くなったじゃねえか」
イエガンが笑いながら言うと、ルーニーは呆れたように肩をすくめた。
それでも、その表情には僅かな笑みが浮かんでいる。
「君が前に出すぎなければ、もっと楽だったんだけどね」
「そいつは無理な相談だな」
「知ってるよ」
二人は短く笑った。
しかし、戦いが終わったことで気を抜くことはなかった。
倒れた獣たちには、先ほどの個体と同じような魔力が残されている。
ルーニーは近くの一匹へ歩み寄り、その身体を慎重に調べ始めた。
「……やっぱりだ」
「何か分かったか?」
「こいつら全員、同じような魔力を受けてる」
ルーニーは獣の身体へ手をかざした。
すると、身体の奥から僅かな魔力が反応し、先ほど拾った黒い欠片と似た気配を放ち始める。
「自然に生まれた魔力じゃない」
イエガンは表情を引き締めた。
それが何者かによって作られた可能性が高いのなら、これまで調べてきたこととも繋がるかもしれない。
「つまり、こいつらは誰かに何かをされたってことか?」
「可能性は高いと思う。ただ、まだ確実なことは言えない」
ルーニーはそう言って立ち上がった。
そして、倒れた獣たちの向こうへ目を向ける。
「でも、この先に何かがある可能性は高くなった」
イエガンも同じ方向を見た。
森の奥には、まだ自分たちが調べていない場所が広がっている。
「なら、行くしかねえな」
「うん。ただし、今度はさっき以上に気をつけた方がいい」
二人は倒れた獣たちを残し、再び森の奥へ向かって歩き始めた。
先ほどまでよりも周囲への警戒を強めながら、次の手掛かりを探すために進んでいく。
森の奥には、まだ何が待っているのか分からない。
それでも、ここまで来て引き返すという選択肢は、二人の中にはなかった。




