【第471話:森に潜むもの】
森を抜けた二人は、すぐに街道へ戻ることはしなかった。
先ほどの戦闘で周囲に残った痕跡を確認するため、少し離れた場所で足を止める。
イエガンは倒した獣のいた方向へ視線を向けた。
ルーニーも同じ方角を見ながら、手にした魔術媒体へ僅かな魔力を流している。
「やっぱり、あの獣だけじゃなかったみたいだね」
ルーニーが静かに呟いた。
その声を聞いて、イエガンの表情が険しくなる。
「何か感じるのか?」
「さっき戦った場所の周辺に、薄い魔力の反応がいくつか残ってる」
ルーニーは目を閉じたまま、周囲へ意識を広げていた。
しかし、すぐに答えを出すことはせず、何度も魔力の流れを確かめている。
「数は分かるか?」
「正確には分からない。ただ、一つじゃないのは確かだよ」
イエガンは腕を組み、森の奥へ目を向けた。
先ほどの獣が単独で現れたわけではないのなら、まだ近くに同じような存在がいる可能性がある。
「だったら、ここで引き返すのは少し早いか」
「僕もそう思う。少なくとも、もう少しだけ周囲を確認しておきたい」
二人は再び森へ戻った。
今度は先ほどまでとは違い、互いの距離を近く保ちながら慎重に進んでいく。
イエガンは前方を警戒し、ルーニーは周囲の魔力を探っていた。
二人とも余計な音を立てることはせず、木々の間をゆっくりと進んでいく。
しばらくすると、ルーニーが手を上げた。
イエガンもすぐに足を止め、周囲へ視線を走らせる。
「右の方に何かいる」
「さっきの奴と同じか?」
「分からない。でも、魔力の濃さはかなり近い」
二人は音を立てないように方向を変えた。
木々の隙間から先を覗くと、少し開けた場所に複数の獣の姿が見える。
先ほど倒したものと似た身体つきをしているが、大きさには僅かな違いがあった。
どの個体も通常の獣より大きく、身体からは薄い魔力が滲んでいる。
「……こいつら、群れだったのか」
イエガンが小さく呟いた。
ルーニーは頷きながら、目の前の獣たちを観察する。
「たぶんね。でも、普通の群れとは少し違う」
「何がだ?」
「動きが妙に揃ってる。誰かに指示されてるみたいだ」
イエガンは眉を寄せた。
獣たちは互いに距離を保ちながら周囲を歩いており、時折同じ方向へ顔を向けている。
「誰かが操ってるってことか?」
「そこまでは分からない。ただ、何らかの影響を受けている可能性はあると思う」
ルーニーは魔術媒体をしまった。
今ここで魔力を使えば、獣たちに気づかれる可能性が高い。
「戦う?」
「いや、今はまだいい」
イエガンは首を横に振った。
数を確認できただけでも十分な情報であり、わざわざ戦闘を仕掛ける必要はない。
「まずはこいつらがどこから来たのかを見る」
「賛成。後を追ってみよう」
二人は獣たちから距離を取り、気づかれないようにその動きを追い始めた。
森の奥へ進むにつれて、獣たちの姿は木々の向こうへ消えていく。
イエガンは足元を確認しながら、その後を慎重に追った。
ルーニーも周囲の魔力を探り続け、獣たちが残した僅かな痕跡を拾っていく。
やがて、森の奥に小さな岩場が見えてきた。
その周囲だけ木々が少なく、地面にはいくつもの獣の足跡が残っている。
「ここが巣穴か?」
「たぶん違うね」
ルーニーは岩場へ近づきながら首を横に振った。
そして、岩の表面へ手をかざした瞬間、僅かに表情を変える。
「……魔力が残ってる」
「またか」
「うん。でも、さっきの場所とは少し違う」
ルーニーは慎重に岩の周囲を調べた。
すると、岩陰に小さな黒い欠片がいくつか落ちているのを見つける。
「これも同じものだ」
「ってことは、あの獣たちはここに来ていたのか」
「そう考えるのが自然だね」
ルーニーは欠片へ魔力を近づけた。
すると、黒い欠片が僅かに震え、淡い光を放つ。
「……反応した」
イエガンの目が細くなった。
その瞬間、森の奥から低い唸り声が響いた。
二人は同時に振り返った。
先ほど追っていた獣たちが、こちらへ戻ってきている。
「気づかれたみたいだね」
「そのようだな」
イエガンが拳を握った。
ルーニーも魔術媒体を取り出し、ゆっくりと魔力を集中させる。
「今度は逃げられそうにないね」
「なら、さっさと片付けるぞ」
二人は背中を預けるように立った。
森の奥から複数の獣が姿を現し、低い唸り声を上げながら二人を取り囲んでいく。
イエガンは獣たちを見回しながら、僅かに口元を上げた。
ルーニーも落ち着いた表情を浮かべ、手元へ魔力を集めている。
「ルーニー、今度は遠慮するなよ」
「分かってる。僕も少し本気を出すよ」
次の瞬間、最も近くにいた獣が地面を蹴った。
それを合図にするように、他の獣たちも一斉に二人へ襲いかかった。




