【第469話:静かな調査】
二人はその後も周囲を歩きながら、目立った痕跡が残っていないかを一つずつ確認していった。
しかし、しばらく探してみても、これといった手掛かりは見つからなかった。
イエガンは木々の間を抜けながら、地面に残された僅かな跡へ目を向けていた。
以前に誰かが通った形跡はいくつか見つかるものの、それが今回の件に関係していると判断できるものではない。
「やっぱり、そう簡単には見つからねえか」
イエガンが腰を伸ばしながら呟くと、少し離れた場所にいたルーニーが振り返った。
その手には小さな魔術媒体が握られており、淡い光を浮かべながら周囲の魔力を探っている。
「まだ時間はあるんだし、焦る必要はないよ。むしろ、何もない場所を何度も調べる方が後で役に立つこともあるからね」
「何もねえって分かるだけでも意味があるってことか」
「そういうこと。少なくとも、今のところここに強い魔力が残っていないことは確認できているよ」
ルーニーは魔術媒体を眺めながら、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせた。
魔術師としての感覚を研ぎ澄ませているのか、普段の軽い表情は消えている。
「ただ、少し気になることはある」
その言葉に、イエガンが顔を上げた。
すぐに何かを見つけたわけではないと分かっていても、ルーニーがそう言う以上、無視するつもりはなかった。
「何だ?」
「魔力の流れが妙に薄いんだ。ここだけじゃなくて、周辺まで含めてね」
「薄い?」
「うん。自然に薄いというより、何かが一度散らしたような感じがする」
ルーニーはそう言いながら、地面へ片膝をついた。
指先を地面へ近づけると、魔術媒体から伸びた淡い光が土の表面をゆっくりと這っていく。
「でも、これだけじゃ何とも言えないかな」
「何かに魔力を使われたってことじゃねえのか?」
「可能性はある。ただ、時間が経ちすぎているから、今の状態だけじゃ判断できない」
イエガンは腕を組み、周囲を見回した。
木々の間から差し込む日差しは穏やかで、風に揺れる葉の音以外には特に変わったものもない。
「だったら、ここで考え込んでも仕方ねえな」
「そうだね。もう少し範囲を広げてみよう」
二人は先ほどまで調べていた場所から離れ、さらに奥へ進んだ。
人の足があまり入らない場所なのか、道らしい道もなくなり、木々の間隔も少しずつ狭くなっていく。
イエガンは前を歩きながら、折れた枝や踏み荒らされた草を確認していた。
ルーニーはその後ろで周囲の魔力を探り続け、時折足を止めては地面へ魔術を流している。
「この辺りも、特に変わったところはねえな」
「うん。魔力もほとんど残ってない」
「じゃあ、もう少し先へ行くか」
二人が歩みを進めていると、やがて木々の向こうに小さな開けた場所が見えてきた。
そこには古い岩がいくつか転がっており、その周囲だけ草が不自然に少なくなっている。
イエガンが足を止めた。
「……あそこ、前からあんな感じだったか?」
ルーニーも同じ方向へ目を向けた。
少し考えてから、首を横に振る。
「僕は初めて見る場所だね。君は?」
「俺も覚えがねえな」
二人は警戒しながら開けた場所へ近づいた。
特に危険な気配は感じられなかったが、何かがある可能性を考えて慎重に距離を詰めていく。
ルーニーは岩の周囲へ視線を落とした。
そして、足元に残っていた僅かな窪みへ気づく。
「待って」
「どうした?」
「そこ、踏まないで」
イエガンが足を止めると、ルーニーはしゃがみ込んだ。
窪みの周囲へ手をかざすと、先ほどと同じように魔術媒体から淡い光が広がっていく。
「……これは」
「何かあったか?」
「まだ分からない。でも、ここには少しだけ魔力が残ってる」
ルーニーの声から、僅かに緊張が感じられた。
それでも、すぐに結論を出すことはせず、何度も魔力の反応を確かめている。
「強いものじゃない。かなり薄くなってるけど……何かの魔術が使われた痕跡だと思う」
「さっきまで何もねえって言ってなかったか?」
「この辺りまで来たから分かったんだよ。さっきの場所より、ほんの少しだけ残り方が違う」
ルーニーは地面を見つめたまま、指先を動かした。
すると、土の中に埋もれていた小さな石が僅かに浮き上がり、その下から黒ずんだ土が姿を見せる。
「……ここだ」
イエガンも身を屈め、その場所を覗き込んだ。
そこには何かが置かれていたような跡が残っているだけで、具体的な物は何も残っていない。
「何かを置いていたのか?」
「たぶんね。ただ、何だったのかまでは分からない」
「それでも、何もないよりはマシだな」
イエガンは立ち上がり、周囲を見回した。
まだ決定的な証拠にはならない。
それでも、これまで何も見つからなかった中で、初めて以前とは違う痕跡を見つけた。
「ルーニー、もう少し調べられるか?」
「やってみるよ。ただし、これ以上のことが分かるかは期待しないでほしいな」
「分かってる。無理に何かを見つけろとは言わねえよ」
ルーニーは小さく笑った。
そして再び地面へ手をかざし、残された僅かな魔力を慎重に探り始めた。
まだ、それが何を意味するのかは分からない。
それでも二人は、ようやく調査の糸口になりそうなものを見つけていた。




