【第468話:残された気配】
城を出た二人は、しばらく街道を歩き続けていた。
イエガンは周囲へ警戒の視線を向けながら先を進み、ルーニーは少し後ろを歩きながら周辺の魔力を探っている。
街道には他の旅人や商人の姿もあったが、二人は特に声をかけることなく通り過ぎていった。
今回の目的は誰かから話を聞くことではなく、まず現地へ向かって自分たちの目で状況を確認することだった。
「この辺りは、特に変わったところはなさそうだね」
ルーニーが周囲を見回しながら呟いた。
その視線は道端の草木や地面だけではなく、目には見えない魔力の流れまで追っているようだった。
「まだ何も分からねえか」
「今のところはね。街道を通っている人間も多いから、ここで感じる魔力だけじゃ判断できないよ」
ルーニーはそう答えると、足元へ視線を落とした。
地面には無数の足跡が残っているが、どれも特別なものには見えない。
「足跡も多いな」
「うん。これじゃ新しいものと古いものを見分けるだけでも時間がかかりそうだ」
「なら、焦る必要はねえな」
イエガンはそう言って歩みを緩めた。
普段なら多少の危険があっても勢いで進んでしまうところだが、今回ばかりは相手の情報が少なすぎる。
ルーニーもそれを理解しているのか、特に急ぐ様子はなかった。
二人は周囲を確認しながら、少しずつ目的地へ近づいていく。
やがて街道を外れ、以前イエガンが調査した場所へ続く細い道へ入った。
人の往来が減ったことで、周囲の静けさが少しずつ増していく。
「ここから先は、前に俺が一人で調べた場所だ」
「分かった。じゃあ、僕も少し注意して見ることにするよ」
ルーニーは歩く速度を落とし、目を細めた。
魔力を探るためなのか、時折足を止めては周囲へ意識を集中させている。
「……どうだ?」
「まだ何とも言えないね」
短い返事だったが、ルーニーの表情は真剣だった。
普段の軽い雰囲気が薄れ、魔術師として周囲を観察する目になっている。
イエガンはそれ以上口を挟まず、少し離れた場所を調べ始めた。
地面に残された跡や木々の状態を確認しながら、以前見たものと違いがないかを確かめていく。
「前に来た時と、大きくは変わってねえな」
「そうなんだ?」
「ああ。少なくとも、目に見える範囲じゃ新しい動きはなさそうだ」
イエガンは地面へしゃがみ込み、土の状態を指先で確かめた。
乾いた土にはいくつかの足跡が残っていたが、それだけで何者が通ったのかを判断することはできない。
ルーニーも少し離れた場所で地面へ手をかざしていた。
目を閉じたまましばらく動かず、周囲に漂う魔力の流れを探っている。
「……変だな」
その呟きに、イエガンが顔を上げた。
「何かあったか?」
「いや、逆だよ。何もないんだ」
ルーニーはゆっくりと目を開いた。
その表情には、僅かな疑問が浮かんでいる。
「魔力が残っている場所なら、普通は何かしら周囲にも影響が出るんだけど……ここにはそういうものがほとんどない」
「つまり、前に見つかった痕跡も消えちまったってことか?」
「それもまだ分からない。時間が経って薄くなった可能性もあるし、最初からこの辺りに強く残っていなかった可能性もある」
ルーニーは立ち上がると、周囲をゆっくり見回した。
木々の間から差し込む光が地面を照らしているだけで、そこには目立った異常は見当たらない。
「少なくとも、今すぐ何かを追える状態じゃないね」
「そうか」
イエガンは短く答えた。
期待していたわけではないが、すぐに何かを見つけられるとは思っていなかった。
今回の目的は、何かを見つけることだけではない。
何も見つからなかったという事実も、今後の調査には必要な情報になる。
「なら、もう少し周囲を見ていくぞ」
「賛成。ここだけじゃなくて、周辺まで確認した方がいい」
二人は別々の方向へ歩き始めた。
互いに一定の距離を保ちながら、目に見える痕跡と魔力の痕跡をそれぞれ探していく。
時間だけが静かに過ぎていった。
それでも、すぐに新たな手掛かりが現れることはなかった。
やがてイエガンは立ち止まり、遠くの木々へ目を向けた。
何かを感じたわけではない。
ただ、静かすぎることが妙に気になっていた。
「……ルーニー」
少し離れた場所にいたルーニーが振り返る。
イエガンはそのまま周囲を見回し、低い声で続けた。
「今日はここまでにするか?」
ルーニーは少し考えたあと、首を横に振った。
まだ何かを見つけたわけではない。
それでも、ここで引き上げるには僅かに気になるものが残っていた。
「もう少しだけ調べよう。何もないなら、それを確認するところまでやっておきたい」
「分かった。なら、もう少し付き合ってもらうぜ」
二人は再び歩き始めた。
手掛かりはまだ見つからない。
それでも焦ることなく、一つずつ可能性を潰していく。
それが今回の調査において、二人が選んだ進み方だった。




