【第461話:坑道の奥へ】
坑道へ足を踏み入れたイエガンは、ゆっくりと歩みを進めていた。
外から差し込む光は徐々に薄れ、周囲には岩肌から滴る雫の音だけが静かに響いている。
足元は荒れていたが、人が通れるだけの広さは十分に残されていた。
採掘場として使われていた頃の名残なのだろう。
イエガンは壁へ手を添えながら慎重に進む。
湿った岩肌には、つるはしで削られた跡が幾重にも刻まれていた。
長い年月が流れているにもかかわらず、その痕跡だけは今もはっきりと残っている。
やがて坑道は左右へ分かれていた。
片方は崩落によって半ば塞がれている。
もう片方には薄く土埃が積もり、その上へ新しい足跡が幾つも残されていた。
イエガンは静かにしゃがみ込む。
足跡は何度も往復した形跡を示していた。
この先に誰かがいることは間違いない。
「こっちだな」
イエガンは小さく呟き、足跡を辿って歩き始める。
しばらく進むと、坑道の奥に淡い灯りが見えた。
松明の炎らしく、一定の間隔でゆらゆらと揺れている。
イエガンは姿勢を低くした。
足音を殺しながら近付くと、岩陰の向こうから人の話し声が聞こえてくる。
少なくとも二人以上が何かを話していた。
イエガンは岩壁へ背を預け、耳を澄ませる。
「……予定より早い」
「構わん。運び終えれば次へ向かうだけだ」
短いやり取りだった。
それ以上は聞き取れなかったが、坑道の奥で作業が続いていることだけは理解できた。
イエガンは慎重に岩陰から先を覗き込む。
少し先には広い空間が広がっていた。
壁には松明が等間隔に掛けられ、その灯りの下で黒いローブをまとった男たちが木箱を運んでいる。
全員が深くフードを被り、顔はほとんど見えなかった。
動きには無駄がない。
見える範囲だけでも五人いる。
さらに奥でも人影が行き来しており、想像以上の人数が集まっているようだった。
「思ったより多いな」
イエガンは無闇に飛び出そうとはしなかった。
今回の目的は敵を倒すことではない。
集団の正体と目的を探り、その情報をクロナたちへ持ち帰ることが最優先だった。
その時、一人の男が木箱を抱え損ねる。
鈍い音が坑道へ響き渡り、木箱の蓋が僅かに浮き上がった。
男は慌てて箱を支え直す。
「何をしている」
別の男が低い声で叱責した。
「申し訳ありません」
男は頭を下げながら蓋を押さえる。
その一瞬だけ、箱の隙間から白い光が漏れ出した。
柔らかな輝きだったが、不思議な存在感を放っている。
他の者たちは特に驚く様子もない。
その光を見慣れているかのように、再び黙々と作業へ戻っていった。
イエガンは静かに拳を握る。
あの白い光には見覚えがあった。
クロナの胸へ刻まれた白い紋様を思い出させる輝きだった。
もちろん同じものとは断言できない。
それでも無関係とは思えず、胸の奥に引っ掛かりが残る。
さらに様子を探ろうとした、その時だった。
坑道のさらに奥から重い扉が開く音が響く。
黒いローブの者たちは一斉に作業の手を止め、奥へ向かって深く頭を下げた。
イエガンも息を潜める。
扉の向こうから、ゆっくりと一つの人影が姿を現そうとしていた。




