【第460話:採掘場の入口】
イエガンは山道を外れることなく歩き続けていた。
見張り小屋を過ぎてからは道幅も狭くなり、左右には切り立った岩肌が続いている。
木々の数も徐々に減り、代わりに荒れた岩場が目立ち始めた。
人が頻繁に通る場所ではないことは、一目で分かる景色だった。
イエガンは歩みを止めず、周囲の変化を静かに観察する。
山道には新しい足跡は残っていない。
しかし、ところどころで折れた枝や踏み固められた草が目に入り、誰かが通った痕跡だけは確かに残されていた。
「完全に道を消しているつもりか」
イエガンは鼻を鳴らす。
足跡を隠す技術はあっても、周囲への影響まで消すことはできない。
長年戦場を駆けてきた経験が、小さな違和感を次々と拾い上げていた。
やがて視界が開ける。
山肌を削るように作られた大きな空間が現れ、その奥には黒く口を開けた坑道が続いていた。
崩れた木組みや放置された荷車が、ここがかつて採掘場だったことを物語っている。
イエガンは立ち止まり、辺りを見回す。
人影はない。
だが、静かすぎた。
鳥の鳴き声も聞こえず、風の音だけが坑道の奥から低く響いてくる。
「妙だな」
イエガンはゆっくりと地面へ視線を落とす。
坑道の前には細かな砂が積もっていた。
その上には幾つもの足跡が残されている。
古いものもあれば、新しいものもある。
数人どころではない。
少なくとも十人以上は出入りしていた形跡だった。
イエガンはしゃがみ込み、足跡を確認する。
「荷物を運んだ跡もあるか」
地面には何かを引きずったような細い筋が残っていた。
重い木箱か、それに近いものを運び込んだようにも見える。
採掘場が使われなくなって久しいという話は本当だろう。
だからこそ、この痕跡は最近になって付いたものと考えるのが自然だった。
イエガンはゆっくりと立ち上がる。
坑道へ近付くにつれ、冷たい空気が流れ出してくる。
湿った岩の匂いも混じり、内部がかなり深いことを感じさせた。
その時だった。
坑道の奥から、小さく金属が触れ合う音が響く。
一度だけではない。
間隔を空けて、二度、三度と続いた。
イエガンは大斧の柄を静かに握る。
「中にいるな」
声を張ることはしなかった。
相手がこちらへ気付いていない可能性もある。
今は不用意に存在を知らせるべきではない。
イエガンは坑道の入口脇へ身を寄せる。
岩陰から内部を覗くが、奥は暗く、人影までは確認できない。
ただ、微かに灯りが揺れたようにも見えた。
自然光ではない。
誰かが明かりを持っている。
イエガンは呼吸を整える。
ここまで来れば、無闇に突っ込む方が危険だった。
敵の数も目的も分からない以上、まずは内部の様子を探る必要がある。
イエガンは足音を殺しながら、一歩ずつ坑道へ足を踏み入れた。
外の光は少しずつ遠ざかる。
冷たい闇だけが、静かにイエガンを迎え入れていた。




