【第457話:橋の向こう側】
朝の冷たい空気が、宿場町を包んでいた。
まだ日が高く昇る前の時間で、街道を行き交う人の姿も少ない。
イエガンは宿を出ると、約束された場所へ向かって歩き始めた。
背中には大斧を背負い、周囲への警戒を一切緩めていない。
昨夜現れた二人組。
その目的も正体も、まだ分からない。
しかし、黒い布切れを見た瞬間の反応だけは確かだった。
あの者たちは何かを知っている。
イエガンは森の中を抜け、古い橋へ辿り着いた。
長い年月を経た石造りの橋で、ところどころにひび割れが入っている。
周囲には建物もなく、人の姿もない。
話をする場所として選ぶには、確かに都合の良い場所だった。
イエガンは橋の中央で立ち止まる。
「さて、どんな話を聞かせてくれるか」
独り言のように呟いた直後だった。
背後から足音が聞こえる。
イエガンは振り返る。
昨日の二人組が、森の奥から姿を現した。
細身の男は相変わらず灰色の外套を身にまとい、長い黒髪を後ろで束ねている。
隣にいる大柄な男は、無言のまま周囲を確認していた。
茶色の短髪に鋭い目付き、厚い革の防具を身に付けた姿から、戦闘経験が豊富であることが分かる。
細身の男はイエガンを見ると、小さく頷いた。
「時間通りだな」
イエガンは腕を組む。
「呼び出した理由を聞こうか」
男は少し笑う。
「せっかちな性格らしいな」
「必要な話なら聞く。違うなら帰るだけだ」
イエガンの言葉に、男は肩をすくめる。
「分かった。単刀直入に話そう」
男は周囲を確認してから、声を落とした。
「お前が調べている神殿跡には、以前から何者かが出入りしていた」
イエガンは黙って聞く。
「黒いローブを着た集団だ」
その言葉に、イエガンの目が細くなる。
「やはり知っていたか」
男は頷く。
「ああ。奴らは何かを探していた」
「ただの宝探しではない。古い記録や石板を調べていた」
イエガンは神殿で見た壁の文字を思い出す。
黒いローブの者たちは、力だけを求めていたわけではない。
過去に残された何かを探していた。
「何を探していた」
イエガンが尋ねる。
男は少し間を置いた。
「それは俺にも分からない。だが、一つだけ気になる話がある」
男は懐から小さな紙片を取り出した。
古びた紙には、見覚えのない記号のようなものが描かれている。
イエガンはそれを見る。
神殿で見つけた刻印と、どこか似ていた。
「これは何だ」
「昔、ある場所で見つけた印だ」
男は紙片を見つめながら続ける。
「黒いローブの連中も、同じ印を使っていた」
イエガンは静かに息を吐く。
少しずつだが、情報が繋がり始めている。
神殿。
黒いローブ。
謎の刻印。
まだ答えではない。
しかし、追うべき方向は見えてきた。
「その集団は今どこにいる」
イエガンが聞く。
男は視線を森の奥へ向ける。
「正確な場所は分からない」
「だが、奴らは北へ向かったという話を聞いた」
イエガンは北の方角を見る。
神殿よりさらに先。
まだ知らない場所へ、手掛かりは続いている。
「情報はそれだけか」
男は頷く。
「ああ」
「だが、一つ忠告しておく」
男の表情が少し険しくなる。
「奴らは普通の集団ではない」
イエガンは静かに笑う。
「それは最初から分かっている」
危険だから進まない。
そんな選択肢は、最初から存在していなかった。
クロナが守ろうとしているもの。
そして、その背後にあるもの。
それを知るためなら、どれだけ険しい道でも進むだけだった。
男たちと別れた後、イエガンは一人で北へ向かう。
手元に残った新たな情報を確かめるために。
まだ見えない敵の姿。
それでも、追うべき影は少しずつ形を持ち始めていた。




