【第454話:残された痕跡】
イエガンは商人から聞いた情報を頼りに、北へ続く街道を進んでいた。
周囲には人の気配がほとんどなく、古びた道だけが深い森の中へ伸びている。
木々の隙間から差し込む光は少なくなり、辺りには静かな空気が漂っていた。
それでもイエガンは足を止めることなく、目的地へ向かって進み続ける。
しばらく歩いた先で、崩れかけた石造りの建物が姿を現した。
壁には苔が広がり、長い年月を経て放置されてきたことが分かる。
それでも、その場所には独特の雰囲気があった。
ただ古いだけではなく、何かを隠しているような静けさが残っている。
イエガンは足を止める。
「ここが神殿跡か」
低い声で呟きながら、建物を見上げる。
商人の話では、最近になって黒いローブを着た者たちが出入りしているらしい。
人さらい組織の背後にいた存在と関係があるのか、それを確かめる必要があった。
イエガンは慎重に神殿跡へ足を踏み入れる。
内部は崩壊が進んでいた。
床には砕けた石材が散らばり、壁には古い文字や模様が刻まれている。
「古い場所だな」
イエガンは周囲を見渡す。
戦いの跡はない。
だが、人が最近訪れた形跡は残っていた。
床に付いた新しい足跡。
崩れた瓦礫の横に置かれた小さな道具。
長い間誰も寄り付かなかった場所とは思えなかった。
イエガンはしゃがみ込み、足跡を確認する。
「商人の話は間違いではなかったようだな」
黒いローブの者たちがここへ来ていた可能性は高い。
しかし、何を探していたのかまでは分からない。
イエガンはさらに奥へ進む。
中央には大きな広間があり、その壁には他の場所よりも多くの文字が刻まれていた。
長い年月によって一部は消えているが、何か重要な記録が残されていたように見える。
イエガンは壁へ近付く。
「読めればいいんだがな」
自分の知識では、この文字の意味を理解することはできない。
力で壊すことはできても、失われた情報を取り戻すことはできなかった。
だからこそ、ティナの存在が必要だった。
彼女なら、この文字から何かを読み取れるかもしれない。
イエガンは壁全体を確認する。
すると、奥の壁際に不自然な跡を見つけた。
石の表面が一部だけ綺麗になっている。
最近、誰かが触れたような痕跡だった。
イエガンは近付き、慎重に調べる。
そこには小さな刻印が残されていた。
見覚えのない形。
だが、何かを示すための印であることだけは分かる。
「何を探していたのか」
イエガンは静かに呟く。
黒いローブの者たちは、この場所で何かを探していた。
そして、それは偶然ではない。
白い紋様や裂け目と関係している可能性もある。
イエガンは周囲をさらに調べる。
しかし、これ以上の情報は見つからなかった。
焦る気持ちはある。
だが、無理に探して重要な証拠を壊すわけにはいかない。
「今の俺にできることは、持ち帰ることだな」
イエガンはそう判断する。
壁の文字。
黒いローブの痕跡。
謎の刻印。
どれも答えではない。
それでも、何もなかったわけではない。
イエガンは神殿跡を後にする前に、もう一度内部を見渡した。
クロナは自分を信じて、この役目を任せた。
ならば、必ず意味のある情報を持ち帰る。
そう決意し、イエガンは来た道を戻り始める。
まだ白い紋様の答えには届いていない。
しかし、確実に一歩ずつ近付いている。
その実感だけは、イエガンの中に残っていた。




