【第453話:最初の手掛かり】
イエガンがグリムファング王国を発ってから二日が過ぎた。
王国から離れるほど、人の気配は少なくなり、広大な森と荒れた街道が広がっていた。
大きな体を揺らしながら、イエガンは一人で道を進む。
黒い鎧の隙間から覗く獣の毛並みと鋭い目付きは、遠くからでも目立っていた。
背中には愛用の大斧を背負っている。
しかし今回の旅の目的は、敵を倒すことではなかった。
必要なのは情報を集めること。
そして、クロナから託された役目を果たすことだった。
イエガンは足を止め、懐から一枚の紙を取り出す。
そこにはティナが整理した調査対象と、過去の記録が残っている可能性がある場所が記されていた。
「白い紋様の正体を知るには、まず過去を探る必要があるか」
イエガンは紙を見ながら呟く。
普段なら、力で道を切り開く方が早い。
しかし今回は違う。
クロナが自分へ任せたのは、戦うことではなく調べることだった。
その日の夕方。
イエガンは街道沿いで、一台の荷馬車が止まっているのを見つけた。
車輪が泥へ沈み込み、商人らしき男が一人で動かそうとしている。
商人は中年ほどの男だった。
灰色の髪を短く整え、旅の疲れが刻まれた顔には警戒の色が浮かんでいる。
その視線は、イエガンの姿を見た瞬間に止まった。
「……獣人か」
男は小さく呟く。
イエガンは気にした様子もなく、荷馬車へ近付く。
「困っているなら手を貸すぞ」
低く響く声に、商人は少し驚いた表情を浮かべた。
「あ、ああ……頼めるか」
イエガンは返事をすると、荷馬車の後ろへ回る。
そして力を込める。
沈んでいた車輪が大きく動き、重い荷馬車がゆっくりと泥から抜け出した。
「……すごい力だな」
商人は呆然としながら呟く。
イエガンは肩を回す。
「この程度なら大したことではない」
商人は改めてイエガンを見る。
獣人というだけで警戒されることは珍しくない。
それでもイエガンは気にすることなく、ただ困っている者を助けただけだった。
「助かった。礼を言う」
商人が頭を下げる。
「気にするな。困っている奴を放っておくほど白状ではないのでな」
イエガンは豪快に笑った。
その様子に、商人の警戒も少しずつ薄れていく。
「ところで、お前はどこへ向かっているんだ」
商人が尋ねる。
イエガンは少し考えた。
「古い記録を探している」
「昔の出来事を知っている場所を探しているんだ」
商人はその言葉を聞き、眉を動かした。
「古い記録……か。それなら、一つだけ心当たりがある」
イエガンの視線が鋭くなる。
「どこだ」
商人は街道の先を指差した。
「この先に、昔使われていた神殿跡がある。今では誰も寄り付かない場所だが、最近そこへ黒いローブを着た連中が出入りしているという話を聞いた」
イエガンは黙って聞いていた。
黒いローブ。
その言葉から、人さらい組織の背後にいた存在が頭をよぎる。
「その神殿は遠いのか」
「ここから半日ほどだ」
商人は少し表情を曇らせる。
「ただ、あまり良い噂はない。近付いた者が妙なものを見たとか、不気味な声を聞いたとか……そんな話ばかりだ」
イエガンは鼻で笑う。
「なら、確かめる価値はある」
商人は驚いたように目を見開く。
「怖くないのか」
「そんなことを気にするナリに見えるか?」
イエガンはまたしも豪快に笑いながら、北の方角を見る。
クロナは自分を信じて任せた。
ならば、その信頼に応えるだけだ。
「行く必要があるなら行く。それだけだ」
商人はしばらく黙った後、小さく笑った。
「変わった獣人だな」
イエガンは豪快に笑う。
「よく言われる」
こうしてイエガンは、新たな手掛かりを得た。
白い紋様の謎。
そして、人さらい組織の背後に存在するもの。
その答えへ近付くための最初の道標が、ようやく見え始めていた。




