【第452話:旅立ちの朝】
翌朝。
グリムファング王国の城門前には、静かな空気が流れていた。
朝日が城壁を照らし、石畳には長く伸びた影が揺れている。
出発の支度を終えたイエガンは、黒い鎧を身にまといながら城門の前へ立っていた。
背には大斧を背負い、その表情には迷いも気負いも見えない。
ティナは小さな革袋を抱えながら歩み寄る。
袋の中には地図や記録用の紙束、それに解析でまとめた資料が収められていた。
「必要になりそうな情報は全てまとめました。道中で新しい情報を得たら、この紙へ記録してください」
ティナは革袋を差し出す。
イエガンは丁寧に受け取ると、小さく頭を下げた。
「助かります。私だけでは気付けないことも多いでしょうから」
ティナは穏やかに微笑む。
「分からないことがあれば、一人で抱え込まないでください。持ち帰った情報を一緒に整理すれば十分です」
イエガンはその言葉を聞き、安心したように息を吐いた。
戦うことには慣れていても、情報を集める任務は決して得意とは言えない。
だからこそ、自分に任せると言った以上は結果を持ち帰ろうと決めていた。
やがて城門の奥からクロナが姿を現す。
黒い外套を羽織った王は、普段と変わらぬ落ち着いた足取りで二人の前まで歩いてきた。
「準備は整ったようだな」
クロナが確認する。
イエガンは真っ直ぐに頷いた。
「はい。いつでも出発できます」
クロナはイエガンの装備へ視線を向ける。
必要最低限にまとめられた荷物からは、長旅になることを見越した準備が感じられた。
「今回の目的は戦うことじゃない。手掛かりを持ち帰ることを優先しろ」
クロナは静かに告げる。
「危険だと判断したら無理はするな。それがお前への命令だ」
イエガンは姿勢を正す。
「承知しました。必ず無事に戻ります」
クロナは満足そうに頷いた。
王として命令を下す一方で、その言葉には仲間を案じる思いも込められている。
ティナはそんな二人の様子を見ながら、小さく口元を緩めた。
少し前までのクロナなら、自分で向かうと言って聞かなかっただろう。
だが今は違う。
仲間を信じ、役目を託すことを覚え始めている。
それは王としてだけではなく、一人の仲間としても大きな成長だった。
「それでは、行ってまいります」
イエガンは改めて一礼する。
クロナは短く答えた。
「頼んだ」
ティナも静かに頷く。
「お気を付けて。また帰ってきたら、一緒に調査の続きを進めましょう」
イエガンは二人の顔を見渡す。
自分には帰る場所がある。
それだけで、不思議と胸の奥に力が湧いてきた。
彼は踵を返すと、城門の外へ向かって歩き出した。
朝日に照らされた背中は次第に小さくなり、やがて王都の街道の先へ消えていく。
クロナはその姿を見届ける。
イエガンなら必ず役目を果たして戻ってくる。
そんな確かな信頼があった。
静かな朝の風が城門を吹き抜ける。
新たな戦いではなく、新たな真実を求める旅が、こうして幕を開けた。




