【第445話:失われた紋章の記憶】
谷を吹き抜ける風が、崩れた門の残骸を静かに撫でていく。
戦いは終わった。
それでも胸の白い紋様だけは、淡い光を放ち続けていた。
ティナは灰色の紋章から視線を離さない。
その輪郭は揺らぎながらも、消える気配を見せなかった。
「間違いありません」
ティナは静かに言う。
「この紋章は、世界律評議会の古い記録に残されています」
クロナは紋章を見つめる。
見覚えはない。
だが、胸の白い紋様が微かに共鳴していた。
「どんな記録だ」
クロナが尋ねる。
ティナは小さく息を吸う。
記憶を辿るように言葉を選んでいた。
「現存する資料は、ほとんど失われています」
「ですが、一つだけ共通して記されていることがあります」
イエガンも耳を傾ける。
彼もその名は知っていた。
しかし詳しい内容までは知らなかった。
「それは?」
イエガンが問いかける。
ティナは灰色の紋章を見据えたまま答える。
「世界を繋ぐ門が開いた時、その紋章は必ず現れるそうです」
谷に静寂が訪れる。
クロナは崩れた門へ視線を向ける。
先ほどまで存在していた裂け目は閉じつつある。
それでも完全には消えていなかった。
「つまり、この門は初めてじゃないのか」
クロナが呟く。
ティナは頷く。
「過去にも同じような門が開き、誰かが封じた可能性があります」
クロナは胸の白い紋様へ手を添える。
あの力が刻まれた瞬間を思い出す。
あの時も、この紋様は自ら現れた。
誰かに与えられたものではない。
門へ触れた瞬間、自分の中から生まれた力だった。
「……俺の紋様と、この紋章は繋がっているのか」
その問いに答える者はいなかった。
次の瞬間。
灰色の紋章が小さく震える。
一筋の光が紋章から溢れ、クロナの胸へ吸い込まれていく。
白い紋様が一瞬だけ強く輝いた。
ティナは目を見開く。
「紋章が……反応しています」
イエガンも驚きを隠せない。
「何が起きたのですか」
クロナはゆっくりと目を閉じる。
頭の奥で、誰かの声が聞こえた気がした。
だが、その言葉までは届かない。
次の瞬間、灰色の紋章は静かに砕け散った。
無数の光となって谷へ溶けていく。
そして最後に残ったのは、クロナの胸で静かに輝く白い紋様だけだった。




