【第439話:解き放たれる凶腕】
裂け目の最奥から巨大な第二の腕が姿を現す。
黒い外殻は脈打つように蠢き、周囲の空間を歪ませていた。
封印の圧力を受けても勢いは衰えない。
クロナは門の中心へ手を押し当てたまま動かない。
白い紋様は全身へ広がり続けている。
封印の力が黒い門そのものを書き換え始めていた。
赤い瞳が鋭く光る。
裂け目の奥から低い唸り声が響く。
敵もまた力を限界まで引き上げている。
「人の器でどこまで耐えられる」
本体が静かに告げる。
「封印とは力ではない。永遠に続く苦痛だ」
クロナは笑う。
その言葉に動揺はしない。
覚悟なら継承した瞬間に決めていた。
「苦痛ごと抱えてやる」
短い返答だった。
それだけで十分だった。
赤い瞳が僅かに揺れる。
ティナはクロナの背中を見る。
白い紋様はさらに濃くなっている。
しかし同時に異変も起きていた。
「クロナ様」
ティナが緊張した声で呼ぶ。
「封印の力が身体へ馴染む一方で、負荷も急速に増えています」
イエガンは分身体を斬り伏せながら振り返る。
クロナの肩から白い粒子が零れ始めていた。
力が溢れている証だった。
「無理はなさらないでください!」
クロナは小さく鼻で笑う。
今さら力を惜しむつもりはない。
目の前の敵を止める方が先だった。
第二の腕がゆっくりと持ち上がる。
続いて最初の腕も同時に動き出す。
二本の巨大な腕が谷を覆い尽くした。
ティナは息を呑む。
一本ずつでも脅威だった。
それが同時に襲い掛かってくる。
「来ます!」
ティナが叫ぶ。
「左右同時です!」
クロナは門へ力を流し続ける。
ここで手を離せば封印が押し返される。
だから動けなかった。
イエガンが即座に前へ出る。
大斧を両手で握り締める。
全身から膨大な魔力が噴き上がった。
「クロナ様! 俺が止めます!」
二本の黒い腕が振り下ろされる。
イエガンは真正面から迎え撃つ。
大斧と黒い腕が激突した。
轟音が谷全体を揺るがす。
地面が砕け、無数の岩塊が宙へ舞う。
イエガンの足が深く沈み込んだ。
それでも退かない。
歯を食いしばり、全身で二本の腕を支える。
仲間へ届かせるつもりはなかった。
ティナは門の変化を見つめる。
白い光が確実に広がっている。
あと少しで門全体へ届く。
「クロナ様!」
ティナが力強く叫ぶ。
「あと一息です! 封印が門の中心を制圧します!」
クロナは静かに息を吸う。
胸の白い紋様が眩く輝いた。
封印の力が一気に解き放たれる。
その瞬間。
黒い門の奥で赤い瞳が大きく見開かれる。
裂け目全体を揺るがす怒号と共に、第三の腕がゆっくりと姿を現し始めた。




