【第434話:封印を喰らう魔王】
闇の裂け目から巨大な額が姿を現す。
赤い瞳は静かにクロナを見据え続けていた。
その眼差しだけで谷の大地が軋み始める。
クロナは一歩も引かない。
胸に浮かぶ白い紋様が穏やかに脈打つ。
封印の力は敵の威圧へ真正面から抗っていた。
ティナは裂け目全体を見渡す。
異常は本体だけではない。
封印そのものにも変化が生じていた。
「クロナ様」
ティナが静かに口を開く。
「封印が削られています。あの本体は封印そのものを喰らっています」
イエガンが険しい表情になる。
封印を破るのではない。
封印そのものを力へ変えているのだ。
「そんなことまでできるのか」
ティナは小さく頷く。
その表情から余裕は消えていた。
予想を超えた現象だった。
赤い瞳が怪しく輝く。
裂け目の縁を覆う白い光が少しずつ黒へ染まっていく。
封印が侵食され始めていた。
クロナは白い紋様へ意識を向ける。
体内を流れる封印の力が脈打つ。
敵の侵食へ自然と反応していた。
「喰わせるかよ」
クロナは右手を掲げる。
白い光が紋様から溢れ出す。
谷全体へ静かな輝きが広がった。
侵食が止まる。
黒へ染まり始めていた封印が再び白さを取り戻す。
二つの力が激しく拮抗していた。
赤い瞳が細くなる。
初めて明確な敵意が滲んだ。
封印の継承者を危険視したのだ。
裂け目の奥から巨大な咆哮が響く。
闇が渦を巻き、巨大な顔の輪郭が少しずつ現れ始める。
本体はなお姿を現そうとしていた。
ティナはその姿を見て息を呑む。
解析は届かない。
それでも一つだけ理解できることがあった。
「まだ完全ではありません」
ティナは断言する。
「頭部しか出られない以上、本体は封印に縛られています!」
クロナは不敵に笑う。
完全に出てこられない敵なら恐れる必要はない。
叩き返すだけだった。
イエガンはクロナの隣へ並ぶ。
大斧を肩へ担ぎ直す。
闘志は衰えるどころか燃え上がっていた。
「クロナ様。俺が突破口を作ります」
クロナは軽く頷く。
長年戦い抜いてきた仲間だからこそ通じる。
余計な言葉は不要だった。
イエガンが地面を蹴る。
大斧へ全魔力を集中させる。
谷を揺るがす一撃が裂け目へ叩き込まれた。
轟音が響く。
裂け目が大きく震える。
頭部の動きが僅かに止まった。
その一瞬だった。
クロナの胸に刻まれた白い紋様が眩く輝く。
封印の力が本体へ向かって一直線に伸びていく。
赤い瞳が初めて苦痛に歪む。
巨大な頭部がゆっくりと後退する。
封印の力は確実に本体へ届いていた。




