【第433話:封印を拒む者】
裂け目の奥で開いた巨大な赤い瞳。
その視線が谷全体を見渡した瞬間、世界そのものが震え始める。
今までとは比較にならない威圧感だった。
クロナは赤い瞳を真っ直ぐ見据える。
胸に刻まれた白い紋様は静かに輝き続けている。
封印の力は少しも揺らがない。
ティナは裂け目を観察する。
本体の姿はまだ見えない。
赤い瞳だけが闇の奥で静かにこちらを見ていた。
「まだ身体は出られません」
ティナが小さく呟く。
「封印が完全には壊れていない証拠です」
イエガンは大斧を構え直す。
緊張は高まる一方だった。
それでも一歩も退くつもりはない。
「なら今のうちですね」
クロナは口元を吊り上げる。
敵が完全ではない。
それだけで十分だった。
「その通りだ」
赤い瞳がゆっくりと細まる。
次の瞬間、裂け目の奥から無数の黒い鎖が飛び出した。
一本一本が山ほども太い。
ティナは表情を変える。
鎖が狙っているのはクロナだけだった。
封印を継承した存在を排除するつもりらしい。
「クロナ様!」
ティナが叫ぶ。
「封印の力だけを狙っています!」
クロナは鎖へ向かって踏み込む。
右手へ白い光を集める。
雷と炎、影も同時に重なった。
拳が鎖へ直撃する。
白い光が一気に広がる。
黒い鎖は次々と砕け散った。
しかし終わらない。
裂け目の奥からさらに新たな鎖が溢れ出す。
数は先程の倍以上だった。
イエガンがクロナの隣へ並ぶ。
大斧を大きく振り上げる。
豪快な一撃が鎖の群れを吹き飛ばした。
「クロナ様! 前は俺が開きます!」
クロナは頷く。
イエガンの背中を迷わず信じる。
二人は一直線に裂け目へ迫った。
赤い瞳が大きく見開かれる。
裂け目全体から黒い魔力が噴き上がる。
谷の空が漆黒へ染まっていく。
ティナはその流れを見逃さない。
魔力だけではない。
裂け目そのものが広がり始めていた。
「まずいです」
ティナが息を呑む。
「本体が封印を内側から押し広げています!」
クロナは裂け目を睨む。
白い紋様が今まで以上に輝きを増した。
封印の力が本体へ反応している。
「望むところだ」
クロナは静かに笑う。
その笑みには一切の恐れがなかった。
強敵を前にした高揚だけがある。
その瞬間だった。
赤い瞳の周囲に無数の亀裂が走る。
闇の奥から巨大な額がゆっくりと姿を現し始めた。
本体はなお封印されながらも。
自らの力だけで世界へ這い出ようとしていた。




