【第432話:継承の証】
裂け目から伸びた巨大な黒い腕。
それだけで谷全体が激しく揺れ始める。
空間そのものが悲鳴を上げていた。
クロナは静かに黒い腕を見据える。
胸に刻まれた白い紋様は淡く輝き続けている。
身体の奥へ新たな力が流れ込んでいた。
ティナはクロナを見つめる。
継承された力を解析しようと試みる。
だが途中で思わず息を呑んだ。
「信じられません」
ティナが小さく呟く。
「クロナ様の魔力と封印の力が拒絶せずに融合しています」
イエガンはクロナの背中を見る。
先程までとは雰囲気が違う。
その背中から放たれる圧力が一段階増していた。
「さすがクロナ様ですね」
クロナは拳をゆっくりと握る。
白い光が指先へ集まり始める。
雷や炎とも自然に溶け合っていた。
「これが封印の力か」
クロナは小さく笑う。
暴れるような力ではない。
全てを鎮める静かな力だった。
巨大な黒い腕が振り下ろされる。
山ほどもある腕が谷を覆い尽くす。
逃げ場など存在しない一撃だった。
イエガンが前へ踏み出す。
大斧を構え、迎え撃とうとする。
その瞬間だった。
「下がれ」
クロナが静かに告げる。
イエガンは迷わず後退する。
その声だけで十分だった。
クロナが勝算を掴んでいると信じていた。
クロナは右手を前へ突き出す。
白い紋様が一斉に輝きを増す。
谷全体へ静かな光が広がった。
巨大な黒い腕が触れる。
轟音が響くはずだった。
しかし何も起こらない。
黒い腕は止まっていた。
白い光へ触れた部分から動きを失っていく。
まるで時間が止まったようだった。
ティナは目を見開く。
破壊ではない。
消滅でもない。
「封じています」
ティナは確信する。
「存在そのものを抑え込んでいます!」
巨大な黒い腕が激しく震える。
裂け目の奥から怒りの咆哮が響き渡る。
封印に抗おうとしている。
クロナは一歩踏み出す。
白い光はさらに強く輝く。
黒い腕へ亀裂が走り始めた。
「なるほどな」
クロナは静かに笑う。
「この力は壊すためじゃねえ」
白い光が黒い腕を包み込む。
暴れていた巨大な腕が少しずつ縮んでいく。
裂け目の奥へ押し戻され始めた。
ティナはその光景を見つめる。
継承された力の本質を理解する。
これは敵を滅ぼす力ではない。
「クロナ様!」
ティナが声を上げる。
「封印の力が本体へ届いています!」
裂け目全体が激しく震える。
黒い奔流が逆流し始める。
封印は確かに本体へ届いていた。
その瞬間だった。
裂け目の奥で巨大な赤い瞳がゆっくりと開く。
本体は腕だけではなく、自ら姿を現そうとしていた。




