【第431話:受け継がれる意志】
裂け目の奥から溢れ出す黒い奔流。
その圧力だけで谷の岩肌が次々と砕け散る。
封印されていた本体が確実に目覚め始めていた。
白い人影は静かに目を閉じる。
身体を包む淡い光が少しずつ強くなっていく。
残された時間は僅かだった。
クロナは裂け目を見据えたまま立つ。
焦る様子は一切ない。
むしろ戦意はさらに高まっていた。
「やることは変わらねえ」
その一言だけだった。
だがティナもイエガンも頷く。
クロナの覚悟は十分に伝わっていた。
ティナは白い人影を見つめる。
継承という言葉が頭から離れない。
封印とは力なのか、それとも使命なのか。
「あなたは……消えてしまうのですか」
白い人影はゆっくりと頷く。
その表情に恐れはない。
穏やかな笑みだけが浮かんでいた。
「私は役目そのものです。役目を継ぐ者が現れれば、ここで終わります」
イエガンは大斧を強く握る。
その言葉の重さを理解していた。
簡単に受け流せる話ではない。
「そこまでして守ってきたんだな」
白い人影は静かに笑う。
長い年月を思い返すようだった。
谷を吹き抜ける風が僅かに優しくなる。
「それが私の存在理由でした」
裂け目が大きく震える。
黒い奔流がさらに勢いを増した。
巨大な咆哮が谷全体へ響き渡る。
ティナは咄嗟に耳を押さえる。
魔力だけではない。
魂そのものを震わせるような咆哮だった。
「まずいです!」
ティナが叫ぶ。
「封印が急速に崩れています!」
白い人影はクロナへ向き直る。
銀色の瞳には強い決意が宿っていた。
迷いはもう存在しない。
「あなたなら終わらせられます」
クロナは静かに笑う。
その言葉を疑う理由はなかった。
今まで積み重ねてきた戦いが証明している。
「任せろ」
短い返答だった。
それだけで十分だった。
白い人影は安心したように微笑む。
その身体が淡い光へ変わり始める。
粒子となった光はゆっくりと宙へ舞い上がる。
谷全体が柔らかな輝きに包まれた。
イエガンは思わず息を呑む。
目の前で一つの命が役目を終えようとしていた。
胸の奥が静かに熱くなる。
白い光は一筋の流星となる。
迷うことなくクロナの胸へ吸い込まれた。
眩い閃光が谷全体を照らし出す。
ティナは目を見開く。
クロナの全身へ白い紋様が浮かび上がる。
神秘的な光が雷や炎、影と重なり合っていた。
その瞬間だった。
裂け目の奥から巨大な黒い腕が姿を現す。
今までの異形とは比べ物にならないほど巨大な腕が、ゆっくりと谷へ伸び始めた。




