【第430話:封印の継承】
黒い塊の奥深くで空間が脈打つ。
裂け目の向こうから漏れ出す気配は、これまでの異形すら霞むほど禍々しかった。
谷全体が重苦しい震動に包まれる。
白い人影は静かに裂け目を見つめる。
その表情には焦りが滲んでいた。
残された時間は決して多くない。
クロナは一歩前へ出る。
敵が誰であろうとやることは変わらない。
叩き潰すだけだった。
「まだ奥に何かいるんだな」
白い人影は小さく頷く。
銀色の瞳は裂け目から一度も逸れない。
その声だけが静かに響く。
「はい。今まで戦っていたのは器です」
ティナは息を呑む。
予想はしていた。
だが現実として突き付けられると重みが違う。
「では本体は、あの裂け目の中に」
「まだ封じられています」
白い人影は短く答える。
その言葉にイエガンは僅かに表情を緩めた。
最悪の状況ではない。
しかし白い人影は首を横へ振る。
安心するには早過ぎた。
その顔には厳しい現実が刻まれている。
「封印は限界です」
谷が静まり返る。
誰も言葉を返せなかった。
その一言が全てを物語っている。
巨大な目が激しく明滅する。
黒い塊は崩壊を続けながらも、裂け目へ力を送り込んでいた。
最後の役目を果たそうとしている。
ティナはその流れを観察する。
魔力だけではない。
代償そのものが裂け目へ集まっていた。
「クロナ様!」
ティナが声を張る。
「今まで支払わせてきた代償を、本体の目覚めへ使っています!」
クロナは裂け目を見据える。
敵は最後の賭けに出たらしい。
その事実に口元が吊り上がる。
「追い詰められた証拠だ」
イエガンが大斧を握り直す。
全身の筋肉へ再び力が漲る。
まだ戦いは終わらない。
「クロナ様。俺が道を作ります」
クロナは小さく頷く。
長い付き合いだからこそ説明は不要だった。
互いの役割は決まっている。
白い人影が静かに振り返る。
その視線はクロナだけを見つめていた。
決意を固めたような表情だった。
「お願いがあります」
クロナは答えず先を促す。
白い人影も迷わず続けた。
その声は静かだが力強い。
「私の封印を、あなたへ継承させてください」
ティナとイエガンの表情が変わる。
思いも寄らない提案だった。
谷に再び緊張が走る。
クロナは白い人影を見据える。
驚きはなかった。
むしろ当然のように受け止めている。
「俺なら扱えるってことか」
白い人影は深く頷く。
銀色の瞳には確かな確信が宿っていた。
それは長い年月を経て辿り着いた答えだった。
その瞬間だった。
裂け目の奥から巨大な衝撃が走る。
黒い塊が一瞬で弾け飛び、谷全体へ黒い奔流が溢れ出す。
裂け目の向こうで。
巨大な何かが静かに身を起こす。
封印されていた本体が、ついに目覚め始めていた。




