【第429話:白き導き】
白い人影が静かにクロナへ視線を向ける。
銀色の瞳には敵意も殺意も存在しなかった。
谷を満たしていた緊張が僅かに和らぐ。
クロナは相手を見据えたまま動かない。
拳は構えたまま維持している。
相手の出方を待つつもりだった。
白い人影がゆっくりと口を開く。
その声は不思議なほど澄んでいた。
谷全体へ静かに響き渡る。
「ようやく……届きました」
ティナは目を見開く。
人の言葉だった。
異形からは決して感じなかった温もりがある。
イエガンは大斧を構えたまま尋ねる。
警戒は少しも解いていない。
視線だけが鋭く相手を捉えていた。
「お前は何者だ」
白い人影はイエガンを見る。
続いてティナへ視線を移した。
最後にクロナを真っ直ぐ見つめる。
「私は封印です」
短い言葉だった。
それでも三人の表情が変わる。
予想外の答えだった。
「封印だと」
クロナが低く呟く。
「はい。あの異形を閉じ込めるために創られました」
巨大な目が激しく震える。
黒い塊が苦しむように蠢いた。
その反応が答えを物語っている。
ティナは思考を巡らせる。
今までの違和感が一本の線で繋がった。
異形が核を守り続けた理由である。
「封印を壊せば自由になれると思っていたんですね」
白い人影は静かに頷く。
その表情には悲しみが浮かんでいた。
長い年月を感じさせる瞳だった。
「ですが逆でした」
谷へ静寂が訪れる。
誰も言葉を挟まない。
続きを待っていた。
「私は封印であると同時に鍵でもあります」
クロナは笑う。
話がようやく見えてきた。
敵の目的も理解できる。
「つまり、お前を消せば終わりじゃねえってことか」
「はい。私が消えれば、本体が目覚めます」
ティナは息を呑む。
今まで戦っていた異形ですら本体ではない。
その事実は予想以上に重かった。
イエガンが奥歯を噛む。
先程までの激戦が前座だったことになる。
到底笑える話ではない。
巨大な目が突然咆哮する。
黒い塊が大きく膨れ上がった。
崩壊しかけていた身体を無理やり繋ぎ止めている。
白い人影が振り返る。
銀色の瞳が巨大な目を見据えた。
穏やかな空気が一変する。
「時間がありません」
その一言と同時に。
白い人影の身体から淡い光が溢れ始める。
谷全体を包むほどの神秘的な輝きだった。
巨大な目が怯えるように後退する。
黒い塊は悲鳴を上げながら形を歪めた。
明らかに封印の力を恐れている。
クロナは拳を握る。
敵はまだ終わっていない。
むしろここからが本当の戦いだった。
その瞬間。
黒い塊の奥深くで空間が裂ける。
巨大な目とは別の、さらに禍々しい気配が静かに目を覚ました。




