【第425話:核より生まれしもの】
赤黒い球体から伸びた黒い腕は、ゆっくりと虚空を掴む。
その細い腕からは想像もできないほど濃密な魔力が溢れていた。
谷全体の空気が重く沈み込む。
クロナは拳を止めない。
核が姿を現した以上、迷う理由はなかった。
一直線に叩き潰すのみである。
黒い腕が軽く振られる。
それだけで空間が大きく波打った。
迫っていたクロナの拳が僅かに逸らされる。
「面白え」
クロナは笑う。
拳を引くことなく身体を捻る。
そのまま回転を利用して蹴りへ繋げた。
渾身の蹴撃が核を守る外殻へ炸裂する。
激しい衝撃が谷を駆け抜けた。
黒い塊全体へ無数の亀裂が走る。
ティナはその変化を見逃さない。
融合を維持する魔力が急激に乱れていた。
核の露出時間も徐々に長くなっている。
「クロナ様!」
ティナが鋭く叫ぶ。
「あと一押しです! 融合の均衡が崩れ始めています!」
巨大な目が大きく見開かれる。
怒りとも焦りともつかない殺意が溢れ出した。
黒い裂け目が一斉に谷を埋め尽くす。
イエガンがクロナの前へ躍り出る。
大斧を横薙ぎに振り抜いた。
衝撃波が裂け目へ正面からぶつかる。
「クロナ様! 前へ!」
裂け目が押し返される。
完全には防げない。
それでも一本道だけが切り開かれた。
クロナは迷わず踏み込む。
雷が咆哮し、炎が渦を巻き、影が足元から噴き上がる。
限界まで高めた力が全身へ巡った。
黒い腕が再び動く。
今度はクロナの拳を受け止めようと前へ伸びた。
細い腕とは思えない圧力だった。
拳と腕が激突する。
衝撃で周囲の岩壁が一斉に崩落した。
谷全体へ轟音が響き渡る。
拮抗は一瞬だった。
黒い腕に細かな亀裂が浮かぶ。
初めて核そのものへ傷が刻まれた。
悲鳴が響く。
先程より遥かに大きい。
谷全体が震えるほどの絶叫だった。
ティナは息を呑む。
黒い腕だけではない。
赤黒い球体そのものにも亀裂が広がっている。
「効いています!」
ティナは確信する。
異形は明らかに追い詰められていた。
今までの余裕は完全に失われている。
巨大な目がゆっくりと閉じる。
黒い塊全体が激しく脈動した。
融合が逆流するように乱れ始めた。
クロナは静かに笑う。
勝負はあと一歩だった。
敵もそれを理解している。
その瞬間、赤黒い球体の奥で何かが脈打つ。
黒い腕とは別の気配だった。
さらに深い場所から、新たな存在が目覚めようとしていた。




