【第422話:覗く深淵の瞳】
黒い塊に走った巨大な亀裂。
その奥から現れた目は、今までの異形とは比較にならない威圧感を放っていた。
見ているだけで本能が警鐘を鳴らす。
クロナは空中で静止する。
その目を真正面から見据えた。
獰猛な笑みは消えていない。
巨大な目がゆっくりと動く。
視線がクロナを捉えた。
それだけで周囲の空間が軋む。
ティナは顔色を変える。
異形の情報を解析しようとする。
だが異常が起きた。
頭痛が走る。
視界が揺れる。
情報が読み取れない。
「解析が弾かれています」
ティナは額を押さえる。
これまでの異形とは根本的に違う。
存在の格が高過ぎた。
イエガンが舌打ちする。
嫌な予感しかしない状況だった。
それでも退く気はない。
「クロナ様。どうします」
クロナは目を細める。
巨大な目もまたこちらを観察していた。
互いに相手を測っている。
「決まってる」
短く答える。
その声には迷いがなかった。
「ぶん殴る」
イエガンが笑う。
ティナも思わず苦笑した。
実にクロナらしい答えだった。
その瞬間だった。
巨大な目が完全に開く。
黒い瞳孔が露わになった。
谷全体が震える。
大地が悲鳴を上げる。
空には無数の亀裂が走った。
クロナは即座に飛び退く。
反応が一瞬遅れていたら危なかった。
先程までいた空間が消滅する。
何も残らない。
痕跡すら存在しない。
恐ろしい力だった。
ティナはその現象を観察する。
そして違和感に気付く。
消滅ではない。
「違います」
小さく呟く。
「どうした」
イエガンが振り返る。
「あれは消しているんじゃありません」
ティナの瞳が鋭くなる。
断片的な情報が繋がった。
ようやく正体の一端が見え始める。
「視線の先を別の場所へ追放しています」
クロナが笑う。
危険な能力だ。
だが理解できるなら攻略もできる。
巨大な目が再び動く。
今度はティナへ視線を向けた。
明確な敵意が込められている。
ティナの背筋が凍る。
本能が危険を告げていた。
今までで最も危険な攻撃が来る。
「ティナ!」
クロナが叫ぶ。
ティナは即座に跳ぶ。
同時にいた場所の空間が消えた。
ほんの紙一重だった。
地面に着地する。
だが安堵する暇はない。
巨大な目は追い続けていた。
「しつこいですね」
ティナは苦笑する。
異形にとって最も邪魔なのは自分らしい。
それは少し誇らしくもあった。
クロナが地面を蹴る。
雷が爆ぜる。
一瞬で巨大な目の目前へ到達した。
拳が放たれる。
轟音が響く。
谷全体が揺れた。
巨大な目が初めて閉じる。
完全な防御反応だった。
その瞬間をティナは見逃さない。
「クロナ様!」
ティナが叫ぶ。
「今です! あの目が本体です!」
クロナの口元が吊り上がる。
ようやく見つけた。
敵の急所を。
巨大な目が再び開く。
だが先程とは違う。
そこには微かな焦りが宿っていた。
そして黒い塊全体が脈動する。
融合はまだ終わっていない。
本当の怪物は、まだ生まれていなかった。




