【第419話:無数の視線】
黒い光が谷全体へ降り注ぐ。
異様な静寂が一瞬だけ辺りを支配した。
その直後だった。
谷の岩壁に目が開く。
地面にも目が開く。
空間そのものにも目が現れ始めた。
ティナは息を呑む。
開いた目の数は数百では利かない。
今もなお増殖を続けていた。
「これは……召喚ではありません」
ティナは周囲を見渡す。
どこを見ても目が存在している。
異形たちのものと同じ気配だった。
「どういうことだ」
クロナが問い掛ける。
「おそらく観測です。谷全体を異形の領域へ変えています」
イエガンが顔をしかめる。
理解はできなくとも危険だけは伝わった。
「つまり嫌な能力ってことだな」
「かなり嫌な能力です」
ティナは即答した。
その表情には焦りが浮かんでいる。
新たな目が一斉に瞬く。
直後に空間が歪んだ。
谷中で無数の亀裂が発生する。
クロナは即座に跳んだ。
イエガンも反応する。
二人のいた場所が消滅した。
爆発ではない。
切断でもない。
存在そのものが失われている。
ティナは歯を食いしばる。
先程までとは明らかに違う。
攻撃範囲が比較にならないほど広がっていた。
「クロナ様!」
ティナが叫ぶ。
「目を壊してください!」
クロナの視線が周囲を走る。
谷を埋め尽くす黒い目がこちらを見ていた。
「全部か」
「全部です」
クロナは笑った。
普通なら絶望する状況だった。
だが彼にとっては違う。
「面白え」
雷が弾ける。
炎が噴き上がる。
影が巨大な翼のように広がった。
クロナは空へ飛ぶ。
そのまま谷全体を見下ろした。
目の数はさらに増えている。
放置すれば状況は悪化する一方だった。
クロナは両腕を広げる。
全身へ膨大な魔力を巡らせた。
周囲の空間が震え始める。
ティナはその力に目を見開く。
クロナが本気を出そうとしていた。
「イエガン!」
クロナが叫ぶ。
「一体目を止めろ。俺は目を消す」
「任せろ!」
イエガンが地面を蹴る。
巨体が砲弾のように突撃した。
大斧が一体目の異形へ叩き込まれる。
異形の外殻が明滅する。
亀裂も少しずつ広がっていた。
代償は確実に蓄積している。
その間にクロナが力を解放する。
雷が天を覆った。
炎が雲を焼く。
影が無数の槍へ変化する。
谷全体を覆うほどの規模だった。
「吹き飛べ」
静かな声だった。
次の瞬間。
無数の影槍が降り注ぐ。
谷中の黒い目へ襲い掛かった。
目が破壊される。
一つ。
十。
百。
しかし。
ティナの表情が凍り付く。
破壊された目の跡から。
新たな目が再び開き始めていた。
「再生している……」
その言葉と同時に。
二体の異形が初めて同時に笑ったように見えた。




