【第417話:増殖する絶望】
空間の裂け目から現れた第二の異形を見て、谷に重い沈黙が落ちた。
最初の異形と酷似しているが、完全に同じ存在ではないようだった。
無数の目の配置も外殻の形状も微妙に異なっている。
ティナは険しい表情で新たな異形を観察する。
嫌な予感が確信へ変わりつつあった。
第二の異形がゆっくりと地面へ降り立つ。
その瞬間、周囲の岩盤が砕け、巨大な亀裂が走った。
存在するだけで世界へ干渉している。
イエガンが大斧を握り直した。
先程まで見えていた勝機が急速に遠ざかっていく。
額には珍しく汗が浮かんでいた。
「冗談じゃねえな。ようやく一体の攻略法が見えたと思ったら増えるのか」
クロナは異形たちを見据えたまま笑う。
その表情から恐怖は微塵も感じられない。
「面白えじゃねえか」
ティナは思わず溜息を吐いた。
この状況で笑えるのはクロナだけだろう。
しかし、その姿に救われてもいた。
第二の異形が腕を持ち上げる。
空間が歪み、無数の黒い槍が空中へ出現した。
空を覆い尽くすほどの数だった。
「来ます!」
槍の雨が降り注ぐ。
クロナは前へ飛び出し、拳へ雷を集中させた。
閃光が走る。
迫る槍の群れが次々と砕け散った。
炎と影も巻き込みながら空を薙ぎ払う。
イエガンも大斧を振るう。
巨大な衝撃波が槍を吹き飛ばした。
だが全ては防ぎ切れない。
数本の槍が地面へ突き刺さる。
着弾地点の岩盤が丸ごと消滅した。
爆発ですらない異常な破壊だった。
ティナはその光景を見ながら思考を巡らせる。
異形が増えた事実より気になることがあった。
先程生じた亀裂である。
一体目の異形を見る。
胸部の亀裂は消えていなかった。
今も確かに残っている。
「クロナ様…!」
ティナが呼ぶ。
「どうした」
「亀裂が再生していません」
クロナも視線を向ける。
確かに傷は残っていた。
完全無欠だった存在に刻まれた痕跡が消えていない。
「代償は蓄積しているということか」
「おそらく間違いありません」
ティナは断言した。
結果を書き換えても消費した力までは戻せない。
それが見えてきた。
クロナの笑みが深くなる。
突破口はまだ消えていない。
二体の異形が同時に動く。
谷全体を覆うほどの圧力が放たれた。
空間そのものが悲鳴を上げる。
黒い亀裂が大地を走る。
岩山が消滅し、谷の形が変わっていく。
周囲はもはや戦場ですらなかった。
クロナは真正面から突撃する。
雷と炎と影を同時に解放した。
全ての力を拳へ集中させる。
拳が一体目の異形へ直撃する。
結果は変わらない。
傷は広がらなかった。
しかし外殻が激しく明滅する。
今までで最も不安定な光だった。
代償は確実に積み上がっている。
その時だった。
二体目の異形がゆっくりとティナへ顔を向ける。
無数の目が一斉に開いた。
ティナは表情を曇らせる。
嫌な予感が現実になった。
「また私ですか」
一体目も同じだった。
二体目もまたティナを見ている。
標的は明らかだった。
クロナもその意味を理解する。
力ではない。
知恵こそが異形にとって最大の脅威なのだ。
「ティナから離れるな」
イエガンが前へ出る。
「言われなくても離れませんよ」
二人が構える。
その直後、異形たちの前に巨大な魔法陣が展開された。
先程の術式とは比較にならない。
谷全体を覆い尽くすほどの規模だった。
複雑な紋様が空中へ広がっていく。
ティナの顔色が変わる。
クロナも初めて笑みを消した。
本能が危険を告げていた。
異形たちの外殻が同時に明滅する。
膨大な代償を支払いながら術式を維持している。
それでも止める気配はない。
魔法陣が完成へ近付く。
空が黒く染まり始めた。
谷全体を巻き込む災厄が降りようとしていた。




