【第416話:知恵を狙う深淵】
ティナの足元に浮かんだ巨大な魔法陣が黒く脈動する。
嫌な予感が全身を貫いた。
クロナは即座に地面を蹴る。
ティナへ向かって一直線に駆けた。
魔法陣が光る。
次の瞬間、漆黒の柱が天へ向かって噴き上がった。
「ティナ!」
ティナは横へ飛ぶ。
黒柱が直撃した場所は跡形もなく消滅していた。
岩も土も残っていない。
存在そのものを削り取られたような光景だった。
イエガンがティナの前へ躍り出る。
巨大な大斧を振り上げた。
「近付かせねえ!」
渾身の一撃が黒柱へ叩き込まれる。
轟音が響いた。
しかし黒柱は崩れない。
それどころか表面が揺らぎながら再生していく。
クロナは拳に雷と炎を纏わせた。
圧縮された力を黒柱へ叩き込む。
激しい爆発が起きた。
黒柱の一部が吹き飛ぶ。
だが消滅には至らない。
異形の外殻が強く明滅した。
今までで最も激しい光だった。
ティナの瞳が細くなる。
「やはりです」
「何がだ」
クロナは振り返らずに問う。
「こいつは私を狙っています」
ティナは異形を見据えた。
無数の目が自分だけを見ている。
偶然とは思えなかった。
「最も危険なのはクロナ様のはずです」
ティナは冷静に分析する。
「それでも私を優先した。つまり力ではなく、弱点を見抜いた存在を排除しようとしています」
クロナは笑った。
「なるほどな」
その笑みはむしろ深くなる。
敵が焦り始めている証拠だった。
異形が再び腕を持ち上げる。
周囲の空間が歪んだ。
谷全体が悲鳴を上げる。
巨大な亀裂が空中を走った。
触れた岩壁が次々と消滅する。
クロナはその中を突き進んだ。
雷が奔る。
炎が渦巻く。
影が獣のように牙を剥いた。
全ての力を重ねる。
拳が異形の胸部へ突き刺さった。
当然のように傷は生まれない。
結果が改変される。
だが代償までは消せない。
異形の外殻が明滅する。
先程よりもさらに激しく光った。
ティナは見逃さなかった。
明滅の間隔が乱れている。
一定だった周期が崩れ始めていた。
「クロナ様!」
ティナが叫ぶ。
「効いています!」
クロナの口元が吊り上がる。
「そうか」
短い返答だった。
次の瞬間には再び姿を消す。
衝撃波が谷を揺らした。
拳打が連続で炸裂する。
一撃。
二撃。
三撃。
攻撃の度に異形が明滅する。
その光は徐々に不安定になっていった。
イエガンも加勢する。
大斧が何度も振り下ろされた。
山を砕くほどの斬撃が異形へ降り注ぐ。
異形は耐える。
結果を書き換え続ける。
しかし消費は増え続ける。
そして、ついに変化が起きた。
異形の胸部。
黒い外殻に細い線が走る。
最初は誰も気付かなかった。
だが次の明滅で確信へ変わる。
亀裂だった。
ほんの僅か。
髪の毛ほどの細さ。
それでも確かに傷だった。
「見えました」
ティナが息を呑む。
「勝てます」
クロナも見ていた。
無敵ではない。
攻略できる。
その事実に獰猛な笑みを浮かべる。
しかしその瞬間だった。
異形の全身から膨大な魔力が噴き上がる。
今までとは比較にならない。
谷全体を覆い尽くすほどの黒い奔流だった。
クロナたちの動きが止まる。
異形の無数の目が一斉に開く。
その視線は怒りにも似ていた。
そして上空。
何もなかった空間が裂ける。
巨大な亀裂が広がった。
その向こうから現れた影を見て、ティナの表情が凍り付く。
「まさか……」
裂け目の中から。
最初の異形と酷似した存在がゆっくりと姿を現した。




