【第414話:届かぬ境界】
異形の腕が振り下ろされる。
その瞬間だった。
谷全体から音が消えた。
風の音すら聞こえない。
クロナは即座に動く。
両腕を交差させた。
全身へ魔力を集中させる。
雷が纏う。
炎が覆う。
影が何重にも重なる。
今まで喰らってきた能力を重ねる。
純粋な防御としては過去最大だった。
次の瞬間。
衝撃が訪れる。
轟音は聞こえなかった。
だが身体が理解する。
凄まじい力だった。
クロナの身体が吹き飛ぶ。
地面を削る。
岩盤を砕く。
何百メートルも後方まで押し込まれた。
谷の壁へ激突する。
岩壁が崩壊した。
大量の岩石が降り注ぐ。
土煙が周囲を覆った。
「クロナ様!」
イエガンが叫ぶ。
ティナも視線を向ける。
二人の顔から余裕が消えていた。
今の一撃は明らかに異常だった。
だが土煙の向こうから笑い声が響く。
「ははっ」
クロナだった。
崩れた岩を押し退ける。
ゆっくりと立ち上がる。
口元から血が流れていた。
それを見たイエガンが目を見開く。
クロナが傷を負った。
軽傷ではある。
だが確かに通じている。
「最高じゃねえか」
クロナは口元を拭う。
その瞳はさらに輝いていた。
むしろ喜びが増している。
久しぶりの感覚だった。
「クロナ様は本当に変わってますね」
ティナが呆れたように呟く。
クロナは笑う。
「そうかもな」
異形は動かない。
ただこちらを見ている。
その無数の目が不気味だった。
まるで観察を続けているように。
イエガンは大斧を握り直す。
「今のは流石に洒落になりませんよ」
クロナも頷いた。
「確かにな」
軽く答えたが油断はない。
むしろ集中していた。
今までなら正面から押し切れた。
だが今回は違う。
力だけでは届かない。
異形が再び一歩踏み出す。
空間が軋む。
地面が沈む。
周囲の景色が歪む。
ティナは観察を続けていた。
必死だった。
何かあるはずだ。
絶対に法則が存在する。
完全な無敵などあり得ない。
「……」
ティナは異形を見つめる。
そして気付く。
ほんの僅かだった。
異形が力を行使する瞬間。
外殻の一部が明滅している。
本当に僅かな変化だ。
普通なら見逃す。
だがティナは見逃さなかった。
「クロナ様!」
声を上げる。
クロナが振り返る。
「何だ」
「完全ではありません」
ティナの目が鋭くなる。
「力を使う瞬間だけ反応があります」
クロナの表情が変わる。
「続けろ」
「まだ確信はありません。でも何かが起きています」
イエガンも耳を傾ける。
ティナは異形から目を離さない。
「攻撃そのものではありません。何か別の処理をしているように見えます」
クロナは笑った。
ようやく手掛かりらしいものが出た。
それだけで十分だった。
「なら確かめるか」
クロナは地面を蹴る。
爆発的な速度で接近する。
異形も反応する。
周囲の空間が揺らぐ。
地面が崩れる。
重力が乱れる。
だがクロナは止まらない。
拳を振るう。
蹴りを放つ。
連続攻撃が異形へ降り注ぐ。
その度に異形の外殻が微かに明滅する。
ティナは確信した。
間違いない。
何かを消費している。
何かを処理している。
完全な無制限ではない。
「クロナ様!」
ティナが叫ぶ。
「見えました!」
クロナは攻撃を続けながら答える。
「言え!」
「能力を使うたびに反応しています!」
異形の目がティナを見る。
空間が歪む。
だがイエガンが割り込んだ。
巨大な斧が振り抜かれる。
異形の意識が僅かに逸れる。
「ティナに手を出すなよ」
イエガンが笑う。
その一撃も通らない。
それでも時間は稼げた。
ティナはさらに観察する。
異形の明滅。
力の発動。
空間干渉。
全てを頭の中で繋げる。
そして一つの可能性へ辿り着く。
「まさか……」
ティナの顔色が変わる。
その推測が正しければ。
この異形は。
想像以上に危険だった。




