【第406話:地下に眠るもの】
アルドの笑みを見た瞬間、クロナは視線を地下へ向けた。
巨人の向こう側にある施設の奥深くから、濃密な魔力が漏れ出している。
それは戦闘開始直後には感じなかった反応だった。
ティナも同じ方向を見ていた。
銀色の髪が風に揺れる。
普段は冷静な彼女も僅かに眉を寄せている。
「増幅しています」
ティナは短く告げた。
地下から発せられる魔力は徐々に強くなっていた。
まるで何かが目覚めつつあるようだった。
イエガンは大斧を構え直す。
巨人から視線を外してはいない。
それでも意識の一部は地下へ向いていた。
「クロナ様。あちらが本命ですかね」
「そんな気はする」
クロナは小さく頷く。
だからといって焦って動くつもりはなかった。
情報が不足している状況で飛び込む気はない。
アルドは三人の反応を眺めていた。
先ほどまでの追い詰められた空気は薄れている。
何かを隠している人間の顔だった。
「ようやく気付いたか」
その声には僅かな自信が混じる。
「最初から巨人だけを見ていたのなら失望していたところだ」
ティナは視線を向ける。
相手の表情を観察する。
そこには演技ではない確信が存在していた。
「つまり本命は地下にあるんですね」
アルドは答えない。
しかし否定もしなかった。
その態度だけで十分だった。
巨人が再び動く。
胸部の赤い光が揺らめく。
先ほどよりも不安定になっている。
クロナはその様子を見ながら考える。
アルドは時間を稼いでいる。
ならば地下で進んでいる何かが重要なのだろう。
「ティナ」
クロナが呼ぶ。
「何だと思う」
ティナは少し考えた。
目を閉じて魔力の流れを探る。
地下深くで複数の反応が重なっていた。
「分かりません。ただ一つではありません」
「複数か」
「はい。何かを集めています」
イエガンが顔をしかめる。
嫌な予感しかしない。
今までの実験施設もろくなものではなかった。
その時だった。
地下から低い振動が伝わる。
谷全体が微かに揺れた。
岩壁の小石がぱらぱらと落ちてくる。
アルドの口元が吊り上がる。
「始まったな」
クロナ達は即座に警戒を強める。
しかし動かない。
相手の出方を見ていた。
巨人は前へ出る。
ただし攻撃はしてこない。
むしろ施設の入口を守るような位置へ移動していた。
「分かりやすいですね」
ティナが呟く。
「守りたい場所がある」
アルドは肩を竦めた。
「好きに考えろ」
その言葉の直後、地下から魔力が噴き上がる。
赤黒い光が施設の隙間から漏れ出した。
谷の空気が重くなる。
クロナは目を細める。
圧力そのものは感じる。
だが巨人ほど分かりやすい力ではなかった。
むしろ異質だった。
生物とも魔物とも違う。
何か別の存在を思わせる気配だった。
ティナは静かに息を吐く。
胸騒ぎが強くなる。
観察を続けるほど不自然な点が増えていた。
「クロナ様」
「どうした」
「地下の反応ですが」
ティナは言葉を選ぶ。
断定できるほどの材料はない。
それでも違和感は確実に存在した。
「生きている気がします」
短い沈黙が流れた。
イエガンが地下を見る。
アルドも黙ったままだった。
否定しないということは、それが答えに近い。
「生物か」
クロナが尋ねる。
「それも分かりません」
ティナは首を横へ振る。
「ただ、魔力が循環しています。何かが活動しているように見えます」
再び振動が響く。
今度は先ほどより大きい。
施設の入口付近に亀裂が走った。
アルドの目に期待が宿る。
待ち望んでいた瞬間が近いのだろう。
その変化は隠し切れていなかった。
クロナはその様子を見ながら考える。
今なら巨人を突破できるかもしれない。
だが急ぐ理由もない。
地下の存在が何なのか。
アルドが何を完成させようとしているのか。
まだ見えていない部分が多すぎた。
巨人の胸部が再び明滅する。
背部装甲も軋むような音を立てている。
限界が近いのは明らかだった。
一方で地下の反応は逆だった。
時間が経つほど強くなっている。
まるで役割を引き継ぐように。
「なるほどな」
クロナは小さく呟く。
「こいつは前座かもしれねえな」
アルドの目が僅かに見開かれた。
その反応を見てティナは確信する。
巨人は切り札ではない。
本命は地下にいる。
その瞬間だった。
施設の入口が内側から吹き飛ぶ。
轟音と共に大量の瓦礫が空へ舞い上がった。
赤黒い光が谷全体を染め上げる。
そして瓦礫の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現し始めていた。




