【第405話:隠された切り札】
巨人の胸部で赤い光が不安定に揺れていた。
先ほどの一撃は確かに効いている。
しかし完全に機能を失ったわけではなかった。
谷へ漂う土煙もまだ晴れていない。
砕けた岩石が斜面のあちこちへ転がっている。
戦場は静かに荒れ続けていた。
クロナは巨人から少し距離を取ったまま立っている。
拳は握っているが攻め込む気配はない。
相手の動きを観察し続けていた。
イエガンも同様だった。
斧を構えてはいるが無理に仕掛けない。
いつでも動ける位置を保っている。
ティナは視線をアルドと巨人の両方へ向けていた。
観察対象は一つではない。
むしろ本命は別にいる気さえしていた。
アルドは三人を見回す。
思うように主導権を握れないことへ苛立ちを覚えていた。
攻撃を仕掛けているのはこちらのはずだった。
それなのに相手は慌てない。
「随分と慎重だな」
アルドが口を開く。
「弱点が分かったのなら攻めてくればいい」
ティナは小さく首を傾げた。
「そう言われると攻めたくなくなりますね」
アルドの眉が動く。
ティナは真顔のままだった。
クロナは小さく笑う。
「俺も同感だな」
三人は警戒している。
それはアルドにも伝わっていた。
だが同時に、どこか試されているような感覚もあった。
巨人が一歩前へ出る。
重い振動が谷を揺らした。
胸部の赤い光が再び強く脈打つ。
クロナは目を細める。
先ほどまでより出力が上がっているように見えた。
しかし完全ではない。
「ティナ」
クロナが呼ぶ。
「どう見える」
ティナは数秒だけ観察した。
「無理に稼働率を上げています。安定していません」
「暴走の可能性は」
「あると思います」
アルドの表情が僅かに変わる。
その反応をティナは見逃さなかった。
やはり図星らしい。
巨人が突進する。
先ほどまでより速い。
岩盤を砕きながら一直線に迫ってくる。
クロナは正面から受けることはしなかった。
横へ回り込みながら動きを見る。
巨人の視線と身体の動きを観察していた。
拳が空を切る。
続けて反対の腕が振られる。
クロナはそれも回避した。
攻撃の隙を探しているというより挙動を確かめているようだった。
イエガンも正面からぶつからない。
斧を構えたまま巨人の周囲を回る。
足運びや重心の移動を見極めていた。
「クロナ様」
イエガンが声を上げる。
「右脚が少し遅れております」
「俺も見えた」
巨人の動きに微妙なズレがある。
出力を上げた代償なのかもしれない。
身体の制御が追いついていなかった。
アルドは歯を食いしばる。
見抜かれるのが早すぎる。
まだ数分しか経っていない。
ティナは静かに考える。
この巨人は強い。
それは間違いない。
だが完成品ではない。
むしろ無理やり完成品として扱っている印象があった。
「焦っていたんですね」
ティナが呟く。
アルドの視線が向く。
「何がだ」
「完成を待てなかった」
短い沈黙が生まれた。
ティナは続ける。
「だから実戦投入した」
アルドは何も答えない。
その沈黙が答えだった。
谷を吹き抜ける風が土煙を流していく。
その向こうで巨人の背部装甲が再び開いた。
赤い光点が現れる。
先ほどと同じ攻撃だった。
だがティナはすぐに違和感へ気付く。
数が少ない。
「クロナ様」
ティナが声を上げる。
「先ほどより減っています」
クロナは頷いた。
「見れば分かる」
光槍が放たれる。
無数ではない。
数十本程度だった。
クロナとイエガンは難なく回避する。
岩壁が再び削られた。
アルドの表情はさらに険しくなった。
隠していた欠点が次々と露呈していく。
クロナは着地しながら巨人を見る。
胸部の光は弱い。
背部装甲の閉じ方も鈍い。
状況は少しずつ見えてきていた。
だが決定打にはまだ早い。
クロナはそう判断する。
相手が何を隠しているのか。
本当の切り札が何なのか。
まだ全ては見えていない。
その時だった。
巨人ではない別の場所から魔力反応が生じる。
ティナの表情が変わった。
「クロナ様」
声に緊張が混じる。
「巨人じゃありません」
クロナも即座に気付いた。
反応は拠点の地下から発せられている。
しかも巨人より濃い。
アルドは静かに笑った。
それは戦闘開始後、初めて見せる余裕のある笑みだった。
「ようやく気付いたか」
その言葉を聞いた瞬間、ティナの背筋に嫌な予感が走る。
この男が本当に守りたかったものは、目の前の巨人ではなかったのかもしれない。




