【第404話:揺らぎ始めた確信】
巨人の胸部へ刻まれた亀裂は完全には塞がっていなかった。
赤い光は明滅を繰り返しているが、先ほどまでの勢いは失われている。
周囲へ漂う圧迫感もわずかに弱まっていた。
クロナは数歩後ろへ下がった。
無理に追撃する様子はない。
相手の反応を見ながら次の手を考えている。
「どう思います」
ティナが視線を向ける。
短剣を下ろさず、巨人の様子を観察していた。
「弱点なのは間違いなさそうだな」
クロナは短く答えた。
だが断定はしない。
まだ情報が足りないと考えている。
巨人は低い唸り声のような音を発する。
胸部の赤い光が収縮し、再び膨張した。
傷口を無理やり修復しているようにも見えた。
イエガンは斧を握り直す。
先ほどの一撃の感触を思い返していた。
確かな手応えは残っている。
「クロナ様。今のうちに畳み掛けますか」
「いや」
クロナは首を横へ振った。
視線は巨人から外さない。
「まだ何か隠してる気がする」
その言葉にティナも小さく頷く。
弱点が見つかるまでが妙に早かった。
どこか引っ掛かるものがある。
アルドは三人の様子を見ながら静かに息を吐いた。
追い詰められている感覚は確かにある。
しかしまだ切り札は残っていた。
「流石だな」
アルドが口を開く。
その声には僅かな警戒が混じっていた。
「胸部へ気付くまで、もう少し時間が掛かると思っていた」
ティナは短剣を構えたまま視線を向ける。
相手の表情の変化も見逃していない。
「隠す気があったとは思えませんでした」
「そう見えたなら成功だ」
アルドは薄く笑った。
だがその笑みは少し硬い。
ティナは違和感を覚える。
焦りはある。
しかし諦めている人間の顔ではなかった。
クロナも同じことを感じ取っていた。
だから不用意には動かない。
確実に情報を集めながら戦っている。
その時だった。
巨人が再び前へ出る。
先ほどまでより慎重な動きだった。
赤い光を庇うように両腕を構える。
露骨な防御姿勢に見えた。
「分かりやすいな」
イエガンが呟く。
だがその表情に油断はない。
「いや」
クロナは目を細めた。
違和感は消えていなかった。
「分かりやすすぎる」
次の瞬間、巨人の背中が大きく開く。
黒い装甲の隙間から無数の赤い光点が現れた。
谷の闇が赤く染まる。
ティナの表情が僅かに変わる。
予想していなかった変化だった。
「クロナ様!」
声が響く。
同時に光点が一斉に射出された。
無数の赤い槍が谷を埋め尽くす。
岩壁を削りながら一直線に迫ってきた。
轟音が連続して鳴り響く。
クロナは即座に横へ跳ぶ。
イエガンも地面を蹴った。
二人とも危なげなく回避していく。
岩壁が抉られる。
地面が吹き飛ぶ。
谷全体が大きく揺れた。
土煙の中でクロナは静かに着地した。
視線は巨人から外していない。
相手の変化を確認していた。
「なるほどな」
クロナは小さく呟く。
攻撃そのものより、その後の反応を見ていた。
「まだ手札は残ってたか」
イエガンも近くへ降り立った。
斧を構えたまま巨人を見据える。
「随分と物騒な隠し玉ですな」
二人とも真剣だった。
だが慌てている様子はない。
未知の攻撃として受け止めている。
一方でアルドは僅かに安堵していた。
ようやく相手へ想定外を押し付けられた。
そう感じたからだ。
しかし次の瞬間、その安堵は薄れる。
「ティナ」
クロナが呼ぶ。
短いやり取りだった。
「数は」
「百二十前後です」
ティナは即答する。
既に観察を終えていた。
「速度は」
「弓矢より速いですが、回避は可能です」
アルドの表情が引き攣る。
驚いたのはほんの一瞬だけだった。
三人とも既に分析へ移行している。
ティナはさらに巨人を見つめた。
発射後、胸部の光が弱まっている。
背中の装甲も完全には閉じていなかった。
「消耗が大きいかもしれません」
「だろうな」
クロナも同意する。
巨人の動きは明らかに鈍っていた。
「連発できる感じじゃない」
アルドは歯を食いしばった。
その推測は正しい。
だからこそ簡単には使えない切り札だった。
谷に重い空気が流れる。
巨人は再び構えを取った。
胸部の赤い光が不安定に揺れている。
クロナは静かに拳を握る。
まだ勝負は決まっていない。
だが少しずつ相手の全体像が見え始めていた。
そしてティナは巨人ではなく、その奥のアルドを見る。
本当に警戒すべきなのは巨人だけなのか。
そんな疑問が胸の中で少しずつ大きくなっていた。




